とても私的なことなのですが、このブログでは、やはりお知らせしておいたほうがいいだろうと思いまして、思い切って書きます。
先日、母が93年のこの世での旅路を終えまして、父たちが待っているあちらの世界へ旅立ちました。
11月初めごろからほとんど食事ができなくなり、水を飲むのもむずかしくなってきたところで、入院して延命治療をするかどうかと何回も聞かれました。でも、母の希望通り、点滴も投薬もいっさいなしで、11年お世話になってきた施設で静かに過ごすことを選択しました。
お別れが近いと医師や看護師から言われてから、私と妹だけでなく、孫たちや親しかった親戚たちも面会に駆けつけて、にぎやかに過ごす時間が持てました。自分がどこにいて何者なのか、面と向かって話している相手が誰なのかがこの5、6年もうよくわからなかった母でしたが、最後の数週間ははっきりと相手の名前を呼び、自分の過去についてもちゃんと語って、久方ぶりにみんなと会話が成立しました。とても不思議です。それとも、認知症あるあるなのか?
11月末に通っていたカトリック教会の神父さまに最後の祝福をいただいたあと、私に向かって「ほんとにいい人生だった。私は幸せ者だ」と何回も繰り返し、そんなにはっきりと意味のあることを話す母に私は驚きつつも、救われました。
最期も、穏やかに、少し微笑んで、満足げな表情で旅立ちました。
お母さん、あちらの世界でお父さんとまた派手に喧嘩しながらも、おいしいものをたくさん食べて、賑やかに過ごしてね・・・・と私たちは寂しい気持ちもありながら、母も私たちもやれるだけのことはやりきったという安堵感で遺影に向かってつぶやいています。
合掌
先日、母が93年のこの世での旅路を終えまして、父たちが待っているあちらの世界へ旅立ちました。
11月初めごろからほとんど食事ができなくなり、水を飲むのもむずかしくなってきたところで、入院して延命治療をするかどうかと何回も聞かれました。でも、母の希望通り、点滴も投薬もいっさいなしで、11年お世話になってきた施設で静かに過ごすことを選択しました。
お別れが近いと医師や看護師から言われてから、私と妹だけでなく、孫たちや親しかった親戚たちも面会に駆けつけて、にぎやかに過ごす時間が持てました。自分がどこにいて何者なのか、面と向かって話している相手が誰なのかがこの5、6年もうよくわからなかった母でしたが、最後の数週間ははっきりと相手の名前を呼び、自分の過去についてもちゃんと語って、久方ぶりにみんなと会話が成立しました。とても不思議です。それとも、認知症あるあるなのか?
11月末に通っていたカトリック教会の神父さまに最後の祝福をいただいたあと、私に向かって「ほんとにいい人生だった。私は幸せ者だ」と何回も繰り返し、そんなにはっきりと意味のあることを話す母に私は驚きつつも、救われました。
最期も、穏やかに、少し微笑んで、満足げな表情で旅立ちました。
お母さん、あちらの世界でお父さんとまた派手に喧嘩しながらも、おいしいものをたくさん食べて、賑やかに過ごしてね・・・・と私たちは寂しい気持ちもありながら、母も私たちもやれるだけのことはやりきったという安堵感で遺影に向かってつぶやいています。
合掌
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