Glamorous Life

グラマラスライフ 実川元子オフィシャルサイト おもしろい本、どきどきする試合や映画、わくわくする服に出会えたら最高に幸せ

ささやかな日常

 とても私的なことなのですが、このブログでは、やはりお知らせしておいたほうがいいだろうと思いまして、思い切って書きます。
 先日、母が93年のこの世での旅路を終えまして、父たちが待っているあちらの世界へ旅立ちました。
 11月初めごろからほとんど食事ができなくなり、水を飲むのもむずかしくなってきたところで、入院して延命治療をするかどうかと何回も聞かれました。でも、母の希望通り、点滴も投薬もいっさいなしで、11年お世話になってきた施設で静かに過ごすことを選択しました。
 お別れが近いと医師や看護師から言われてから、私と妹だけでなく、孫たちや親しかった親戚たちも面会に駆けつけて、にぎやかに過ごす時間が持てました。自分がどこにいて何者なのか、面と向かって話している相手が誰なのかがこの5、6年もうよくわからなかった母でしたが、最後の数週間ははっきりと相手の名前を呼び、自分の過去についてもちゃんと語って、久方ぶりにみんなと会話が成立しました。とても不思議です。それとも、認知症あるあるなのか?
 11月末に通っていたカトリック教会の神父さまに最後の祝福をいただいたあと、私に向かって「ほんとにいい人生だった。私は幸せ者だ」と何回も繰り返し、そんなにはっきりと意味のあることを話す母に私は驚きつつも、救われました。
 最期も、穏やかに、少し微笑んで、満足げな表情で旅立ちました。
 お母さん、あちらの世界でお父さんとまた派手に喧嘩しながらも、おいしいものをたくさん食べて、賑やかに過ごしてね・・・・と私たちは寂しい気持ちもありながら、母も私たちもやれるだけのことはやりきったという安堵感で遺影に向かってつぶやいています。
 合掌

「毎日ウォーキングしよう」と決意してから5年2ヶ月が過ぎ、6年目に入っています。
2020年9月1日からウォーキング(ときどき筋トレ)を始めた動機は以下の3つ。
1)コロナ禍で家にひきこもっている間にとてつもなく太って、服が入らなくなったから
2)遺伝的に自分も認知症を発症する確率が35%あることに気づき、なんとしても発症を遅らせたかったから
3)ステイホームしているうちに、自分でもびっくりするくらい体力が落ちたから
という3つです。

2020年夏に転倒骨折した母がリハビリ病院に転院するのに付き添った帰りの新幹線で、このままの生活を続けていたら、私の老後は真っ暗だ、なんとかしなくちゃと拳を握りしめたのが8月31日23時。翌日9月1日からウォーキングと筋トレを始めた、という次第。
医師や理学療法士やヘルパーさんたちからいろいろと聞くうちに、母の筋肉が年齢以上に衰えており、それが転倒につながったこと。また筋肉の衰えは、体力の低下を招き、また認知症を悪化させる原因になる、ということを知りました。

それだけでなく、これはマズイぞ、ということが数々あったのを、それまで「歳が歳なんだからしかたない」と自分の身体と精神状態に目を瞑っていました。
65歳まで、それまで(50代のころ)と同じように好きなものを食べて、アルコールも存分の摂取しながら、夜遅くまで配信ドラマや映画を見る日々を送るうちに、体重が増える増える。ウエストが一回り以上大きくなる……(涙)
おしゃれが大好きなのに、着たい服が着られない。
それなのに「ま、いっか」でやり過ごして、ウエストがない服とか、大きめサイズの服を買ってごまかしていました。
また、何かというと「めんどくさい」「明日にしよう」と先延ばしにするようになっていました。とくにやりたくないのが、整理整頓と掃除。子どもたちが独立し、夫婦2人だけの生活のはずなのに、家のなかにモノが溢れ、片付けなくちゃなあと思いながら、ごちゃごちゃしている部屋を見て見ぬふりをする日々。今日も片付けられないことで自己嫌悪に陥り、まぎらわすためにアルコールをあおる→もっとめんどくさくなってふて寝。
そこにやってきたコロナ禍によるステイホーム。家でごろごろするかっこうの言い訳をもらって、ますますからだを動かすのが面倒になりました。
すると、どうなったか。
驚くほどに体力筋力が衰えたのです。外出して駅の階段を登ると息が切れるし、降りるのは手すりにつかまらないとこわい。買い物をして重い荷物を持つのがつらくなる。体力は集中力にも直結しているので、1時間ほど机に向かって集中するのがきつくなる。オンライン会議なんかも「30分にしてほしいなあ」と思うほど。
そして一念発起して始めたウォーキング。
最初は「無理せずまずは3週間続けてみよう」だったのが、「3ヶ月はがんばろう」となり、「1年続いたら、自分へのごほうびにアップルウォッチを買おう」として、購入したアップルウォッチ。
記録が残るようになると、続くものなんですね。アップルウォッチをつけてウォーキングするようになっていま5年目ですが、ウォーキングをしなかったのは5日だけ。ま、正直にいうと、アップルウォッチに生活を支配されているみたいで複雑な心境ではありますが。
それはともあれ、ほぼ毎日ウォーキングして、たまに筋トレをするようになって、あきらかに体力筋力は向上しました(あくまでも当社比)。階段の昇降で息が切れることはなくなり、降りるのもこわくなくなりました。時速5キロで1時間半続けて歩くことができますし、会議が2時間続いても集中力は切れなくなり、ついには大断捨離にも成功しました。
でも、70代に突入して、やはりそれなりに体力筋力が50代とはちがうと感じることが増えました。
筋トレをしてもおなかも二の腕もたるみます。目はしょぼしょぼして、1時間続けて本を読むと、気持ちはあっても視力がついていかずに本を閉じます。先日海外力に行ったときには、6年前にはらくらくと持てた20キロのキャリーケースを、重量計まで持ち上げるのさえ大苦労しました(結局人の手を借りました)
そんな私がウォーキング歴6年目のいま決意しているのは、「今の体力筋力をできるかぎり長く維持するために運動しよう」ということです。
もう体力筋力のこれ以上の向上は無理なんだ、とやっとわかりました。
とにかく、維持。今までと同じようにウォーキングして、たまに筋トレして、太極拳やって、タップダンスを続けていくこと。どうしても無理だったらスローダウンする。でもやめない。
おなかや顎下がたるんでも、目がしょぼしょぼしても、髪が抜けても、それはもう歳だからと受け入れる。
体力筋力の向上ではなく、維持を目標に変えること。
大好きなサッカー(とくにガンバ)の試合を観戦できる体力気力を維持していくこと。
衰えていくとしても、そのスピードをできるだけゆっくりにするように、続けていくこと。
一番大事なのは、やめないこと、だと心に刻んでいます。

https://note.com/quick_puma2976/n/n235be5ef8010

 Glamorous Lifeを開設して25年がたちました。
 フリーランスのライターと翻訳業をしている私にとって、このブログは看板のようなもので、そのおかげでいただいたお仕事もたくさんあります。
 なによりも嬉しいのは、ブログを通して知り合いになり、いっしょにご飯を食べたり、相談にのってもらったり、楽しい時間を過ごしたことが何回となくあることです。ブログのご利益、ブログの輪ですね!
 しかし、しだいにサッカーブログ、というよりガンバについて書くことがメインになり、しかもこ最近5、6年は「もうガンバについて書くのやめる!」とか、ぐちぐちこぼすことばっかりになってきました。
 ライターや翻訳の仕事もそろそろ開店休業状態になってきて、そろそろ見直しをはかったほうがいいかなと25年たったいま考えています。
 このブログはしばらく残しますが、来年からは少しちがう形で発信する場をつくっていこうといま構想中です。
 新しい場を作ったときにはもちろんお知らせします。
 構想している間は楽しくてわくわくするのだけれど、いざ動こうとすると腰が引けているところがあるので、自分に喝を入れる意味でも宣言しておきます。
 25年続けてこられたのは、みなさまのおかげです。
 つぎの25年(いやいや、それは無理だろうけれど)に向けて、新しい形、新しい場でまた発信していきますので、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
 

1970年、私が高校1年生か2年生だったころのこと、倫理社会の授業で先生が「あなたが一番たいせつにしている行動は何ですか?」みたいな質問をして、クラス全員に一人ひとり答えさせたことがあった。質問の文言はうろおぼえなのだけれど、それに対する答えがほぼ全員「人に迷惑をかけないようにすることです」と答えたことは妙に鮮明に覚えている。
1970年当時、「清く正しく美しく」「良き子、良き妻、良き母に」という歌詞が織り込まれた校歌を歌っている女子校としては、「人に迷惑をかけないように行動すること」という答えは時代的にも環境的にも模範回答だったのではないだろうか。
公共の場(登下校の道中はもちろん、校舎内のほぼ全域も含む)で騒いだりむやみに走ったりしない。陰口、悪口を言わない。先生、親、上級生のいうことに従う。意地悪なことを言ったりしたりしない。人に暴力を振るわない。それが「人に迷惑をかけない」ことだといわれたような気がする。うろ覚えだが。
そしていま、私の同年代の人たちは「歳をとって、子どもや周囲に迷惑をかけたくない」と一様に口にする。もちろん私も子どもに迷惑をかけたくない一心で、断捨離をして、規則正しい生活をして、健康に気を配っている。親である私の家の片付けで手間をかけたり、介護で悩ませたりするのは「迷惑」だろうと思うから。
でも、どれだけがんばっても、生きていれば人に迷惑をかけてしまうのではないだろうか? ましてや高齢になってからだも心も老いていけば、周囲に「迷惑」をかけまくってしまうだろう。それはもう必然。
そこでまた疑問がわいてくる。そもそも迷惑ってどういうこと? 私がちっとも迷惑だと思っていない行動が、相手に「それ、迷惑なんですけれど」といわれたら、どうしたらいい? 反対に「これは迷惑だろう」と忖度していても、相手がまったく気にしていなかったら、それは迷惑ではなくなるのだろうか?
高校生だったときの自分が、先生の質問に「人に喜んでもらえることをすること」と答えたことも、なぜかとても鮮明に覚えている。でも、それに対する先生の反応は覚えていない。自分では人と違った答えをしたことに得々としていたはずだが、いま振り返ると「迷惑をかけない」こと以上に「喜んでもらう」行動基準もあいまいで、よくわからない。
私が「きっとこれは喜んでくれるはずだ」と思い込んでいたやったことが、人に響かないどころか、どーでもいい、もしくは迷惑だと思われたことだってよくある。
それでもやっぱり、私はこれからも「人に喜んでもらう」ことを一番に考えて行動していきたいな、などと思っている。同時に、ほかの人たちの行動に喜ばせてもらいたい。喜んでもらったり、喜ばせてもらったりすることが、私にとって「あ〜〜生きている!」と実感できることだから。

「寝ても覚めてもガンバ」さん、タップ公演についての記事でのコメントをありがとうございます。もっているすべてのデバイスでコメントを返そうとしたのですがエラー表示ばかりが出てうまくいかないので、記事でお返事を書くことにします。
その前に、昨日の試合はこれまで出ていなかった選手たちが奮闘したみたいですね。負けちゃったし、中村選手が出場しなかったので肩透かしだったみたいだけれど、中断期間に勢いを下げない、という意味ではよかったのかな?

そして「タップダンスを始めたきっかけはなんですか?」というご質問に対する返事です。実はこの質問、もうね、いろんな人から聞かれまくっていて、そのたびにそのときに思いついたことをお返事しているのですが、昨日、コメントを読んでからじっくり考えてみました。
直接のきっかけは、1年半前に、長年ダンスをしている友人が大学の同級生たちで作っているLINEトークで「(彼女が所属している)タップダンス教室で初心者を募集しているんだけれど、やってみない?」と声がかかり、あ、やってみたい、習います! と手を挙げたことです。(ちなみに手を挙げたのは私一人でした)
おもしろそう、やってみよう、と思ったら即やってみる、というのは、もうね、これは生来のおっちょこちょい気質なんでしょう。
振り返れば50代突入を目前にして、サッカー教室に入門したときも、似たような動機でした。
50代の中高年期に突入して以来、何か行動を起こすときに「いまやらないで、いつやるんだ?」と自分を励ましていますが、それは年齢を重ねるのつれてますます強くなっているみたいです。
そして70代の老年期を迎えると、もうひとつ「ご縁のシッポはつかもう!」という思いが湧き上がってきています。これがご縁だ〜と感じたら、即走り出す。もうね、自分でも止められません(周囲からは「いい加減に自制しろよ」という声が湧き上がっていますが)
「ご縁」というのはとてもいい言葉だと思います。
日本語大辞典によれば「広義には結果を引き起こす因のこと。狭義には結果を引き起こす直接の内的な原因である因に対し、それを外から助ける間接の原因をいう」というのに並んで「心が外の事物に向かって行なうはたらきかけ」という意味がのっています。
これを「自分の心にひそんでいる願望や欲望を呼び醒まして、行動につなげる働きかけ」が「ご縁」なんじゃないかと私流に解釈しています。
そして「ご縁」があると感じたら、その機会をしっかりつかんで行動に移す。
ご縁が感じられるように自分の心の声に耳を澄ますことも大事だし、ご縁がつかめるように体力気力を充実させておくことも大事かなと思っています。
ご縁には、家族や友人たちとのかかわりの意味もあります。
ご縁に恵まれるためには、周囲の人たちとの関係を大事にすることも必要なんだな、と最近ますます強く実感しています。

なぜタップを始めたんだ? というその動機は一言では説明できないんだな、といまさら気づきました。
自分の気持ちを深掘りする「きっかけ」をつくってくださった寝ても覚めてもガンバさん、ありがとうございます。

↑このページのトップヘ