Glamorous Life

グラマラスライフ 実川元子オフィシャルサイト おもしろい本、どきどきする試合や映画、わくわくする服に出会えたら最高に幸せ

ささやかな日常

 DAZNで試合をチェックしながらもガンバのことをしばらく書いてなくて、スタジアムに足を運んで試合を観戦しているWEリーグについても書いていないのは、家族のことに振り回されていたからです。お孫預かりとか、お孫の宿題を手伝うとか、まあそんなところ。夏休み終わって、孫関連仕事から解放されてほっとしましたが、来週は母の見舞いを予定しているので、あとちょっと息が抜けません。
 ガンバ、札幌戦は後半途中までライブで見ましたが、3点目でストレスがどわーっときたのでやめました。昨日のルヴァンの試合は全然見ていないので、なんとも言えないです。つぎがんばれとしか。
 WEリーグは代表帰りの植木選手と藤野選手(どちらも日テレベレーザ)が大活躍している試合がほんと楽しくて、でもベレーザは守備がイマイチどころかイマサンで、ちょっとこれではカップ戦はともかくリーグ戦は厳しいんじゃないかと不安だったり。
 バスケットボールは男子がパリ・オリンピック出場権を獲得するすばらしい試合を見せたし、10日からはラグビーW杯の日本代表初戦があったり、世界卓球もあるみたいで、もうスポーツの試合がいっぱいな秋です。
 とつらつら書きながら気づきました。
 ブログを書いていないのは、家族のことで忙しいとか、つぎからつぎへとスポーツのイベントが続いていて息つく暇なしだからではなく、たぶん、酷暑がようやくひと息ついたところで、私、ちょっと夏バテかな。
 エネルギーが枯渇、とまではいかなくても、まわっていないのかも。
 みなさんもどうぞ体調にお気をつけて。
 季節の変わり目は自分を労らないといけませんね。
 
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今日から9月。
2020年8月31日、母の入院付き添いの帰りの新幹線で、私的にはかなりの重大決意をしました。
「酒をやめる。運動する」
まずは3ヵ月やってみて、続けることができたらつぎの3ヵ月、と決めて始めた「断酒と運動」。昨日で無事3年経過しました。
最初の2年は「外では飲む」「集まりがあったときには家でも飲む」としていたのですが、そうやって日常的には飲まなくなるとしだいにお酒を飲むと具合が悪くなる体質に変化したらしく、今年はほとんど(8ヶ月で3口ほどしか)アルコール摂取していません。
運動に関しては、太極拳を週一回、スクワットは1日気が向いたときに10回ほど(やらないよりはマシ程度)、ウォーキングは毎日、雨が降っても風が吹いても、暑くても寒くてもやっています。 
運動はともかく、アルコールは大好きだったし、休肝日をもうけてはいたけれどほぼ毎日習慣のようにビールをプッシューとやっていたので、「本当にやめられるのか?」と不安でした。やめる勇気と根性がはたして自分にあるのか、と自信がなかったのです。
でも、最初は「あああ〜〜飲みたーい」という衝動にかられるのを、ほかのことで気をまぎらわせて飲まないでいるうちに、わりにあっさり飲まないでいられて3年。できればこのままアルコール摂取しないで人生を終えたいです。
 以前は「酒を飲まない人生なんて楽しくない」なんて思っていました。でもアルコールをやめてみると、ほかに楽しいことがいろいろと出てくるんだ、と気づきました。お酒を飲まないから時間ができて、夜にウォーキングして、月や星を眺める楽しみを知ったし、睡眠が深くなったような気がするし、早寝早起きになって、早朝隣の家の庭にやってくる鳥を観察する楽しみもできました。
何か楽しみをやめたら、別の楽しみができるんだ、とわかったこの3年。
 4年目も「断酒と運動」は継続して、新しい楽しみを見つけたいです。
 

FIFA女子ワールドカップ観戦のためにニュージーランドに行こうと決めたのは、FIFAからグループリーグ組分けの発表があってまもなくでした。
前回大会の2019年は留学生を預かっていたために日程の融通がきかず、チケットがとれたのも準々決勝からで、日本はすでに敗退していました。だから今回は開幕戦から観戦すると決め、日本戦をマストにして日程を組もうと、地図とにらめっこしながら今年1月から旅程を検討。
一番迷ったのが、開幕から決勝戦まで1カ月間にするか、それともグループリーグ終了までの半月にするかでした。
どちらにしてもやや長い期間となるので、不安だったのは以下の3つ。
1) 母が無事に過ごせるか?——2019年の肩甲骨骨折、2020年の脳梗塞、2022年の大腿骨骨折など大きな怪我や病気はいずれも夏に起こしている母です。いざというときは妹や私の夫という代わりがいることはよくわかっています。妹や夫は「行ってこい」「任せてくれ」と言ってくれました。でも、責任感の重圧をひとりで担いがちな私の性格として、何かあれば旅行を延期したり、取りやめることになるかもしれない。(実は以前にも母のことでぎりぎりで旅行を取りやめにして、結構な額のキャンセル料を払ったことがあります)。本当に行けるのだろうか、と飛行機に乗るまで不安でした。
2)自分の体力は大丈夫か?——コロナで3年間海外旅行に出ていません。それ以前にもときおり激しい飛行機酔いに悩まされ、加えて時差ぼけで到着してから2日間はフラフラしていました。69歳になったいま、果たして観戦ひとり旅にからだが保つか。でも、ニュージーランドは時差が3時間だし、直航便なら10時間で行くというし(実際には乗り継ぎ便になって18時間半かかったが)なんとかなるかな、いまを逃したら体力ではもっと厳しくなると思って行くことを決断。
3)留守宅は大丈夫か?——夫は生活のマネージメントに関して120%私にお任せな人です。以前は90%くらいだったけれど、年齢を重ねるとともに比率はあがり、いまでは120%。自分が食べるものを(コンビニなり外食なりでも)獲得してくる能力さえも衰えています。妹に「目をつぶればいいのよ。家がどれだけ汚なくなろうと、洗濯物が悪臭を放っていようと、生き延びていさえすればいいと腹をくくらないと、お姉ちゃんはなにもできなくなるよ」と言われたので、覚悟を……やっぱり決められませんでした。
私が留守にする期間に「やること」チェック表をつくって、掃除(ルンバだけれど)、洗濯(週一だけど)から、窓の開け閉め、鉢植えの水やり、ゴミ捨て(資源ゴミの仕分けは諦めた)まで結構こまかく写真入りの「家事日程表」をつくって渡し、メールでの報告を申し渡しました。
そのおかげか、帰国して家に入ったときに、以前に長期に家をあけて帰ってきたときのように腐敗臭はしなかったし、植物はすべて生き延びていたし、シンクが黒くなっていることもなかったし、洗濯物が洗面所の床にまで溢れかえっているようなこともありませんでした。

出発前までは不安でしたが、ニュージーランドに降り立ったとたん、いや、飛行機に乗ったとたんに不安は遠ざかり、ではなくて消え去りました。日本で重くのしかかっていたもの(たぶん日常生活のアク)が取り除かれたように、からだも心もすっきり爽やか、軽い軽い。18時間半の長旅もなんのその、オークランドのホテルでシャワーを浴びて、テイクアウトしたピザをつまみながら開幕戦に行く準備をしている間に、自分のなかから久しぶりに体力気力が湧き出てくるのを感じました。そして体力気力の充実感は帰国の飛行機に乗り込むまで続きました。

日常を離れるだけでなく、日本での日常生活にまつわるあらゆるぐちゃぐちゃを忘れること。
何を食べるか、どこに行くか、何をするかを、自分を中心に決められること。
妻、娘、母、祖母とかいう役割ではなく、実川元子として行動できること。
他人の体調や気分をうかがう必要がなく、自分の感情や気分を優先できること。
ひとり旅の快感はそこにあります。
まだ私にはその快感の追求ができると確かめられたことが、4年ぶりの海外一人旅の一番の収穫だったかもしれません。

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1日に何回も空(晴れていようが雨が降っていようが、夜空だろうが)「あ〜〜気持ちいい〜〜」と深呼吸を繰り返す毎日でした

8月2日夜に日本に帰国しました。
あ〜〜〜もっとニュージーランドでサッカー三昧していたかった。なでしこジャパンをもっともっと見ていたかった、と思っているのですが、さすがに一ヶ月家をあけることになんだか罪悪感を覚えてしまう私は、おそらく遊んで暮らせないアリタイプの人間なのでしょう。一ヶ月日本を留守にしていたって、 別にどうってことないんですけれどね。
その「問題」(なのか?)はさておき、7月30日からの滞在日記を書いておきます。

7月30日(日)
快晴であたたかい1日。「女子サッカー140年史」を紙面で取り上げてくださった記者のMさんとハーバーでランチ。
Mさんから「国会議事堂は行かれましたか? きっと実川さんには興味深いと思いますよ」と言われて、ランチ後に議事堂へ。ビーハイブ(蜂の巣)と呼ばれるユニークな建築で知られるニュージーランドの国会議事堂で、1時間のツアーに参加しました。円形のそのデザインも、多様な人々それぞれの権利と自由を尊重する意味がこめられている、というツアー最初の案内からぐっと気分が盛り上がりました。
性的、人種的な差別や格差をなくして、平等な社会システムをいかに構築していくかを話し合うようになるまでの議会の歴史や、1996年の選挙制度の改革によって女性や人種的マイノリティの議員が増えたこと、それによって社会的弱者とされる人たちの権利が保障されるようになったことなどがツアーでわかりやすく説明されました。
ツアー後に「日本は政治参加する女性がとても少ない。NZはどのように女性議員の数を増やしていったのか?」と受付の人に聞いたら、「それについては最適な人がいるから紹介する」と政治におけるジェンダー研究をしている方を連れてきてくれました。日本で3年暮らしていたというその方から議員内に設けられたジェンダー平等のための一室でじっくりと話を聞いて、資料をどっさりもらい、おすすめの本を紹介してもらうなどしてとても中身の濃い3時間を過ごしました。
ニュージーランドは1893年、世界でもっとも早く女性が参政権を獲得した国だとか。女性の社会的な権利獲得に尽力したケイト・シェパードのシルエットが議事堂周辺の信号になっています。シェパードだけでなく、マオリの女性たちの権利獲得に尽力したメリ・テ・タイ・マンガカヒアも称えられていることにも感銘を受けました。あ〜〜もっと学ばなくてはなあと重くなったリュックをかついでホテルに帰ったのでした。
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7月31日(月)
グループリーグの最後を締めくくる日本vsスペイン戦。
朝から緊張が高まり、FIFA+のハイライトで日本代表の試合を見返したり、スペインの戦いぶりをチェックしたりしていると、ニュージーランドで知り合ったジルズから「日本戦のチケットをとったよ」と連絡が入り、スタジアム近くで会う約束をしました。そしたら日本代表応援団(?)の方からも連絡があり、一緒にランチしましょうと誘っていただいたので、街中のおしゃれでおいしいカフェで集まりました。
ラウンド16で日本は1位抜けならノルウェー、スペインに負けるか引き分けで2位になったらスイスと対戦することになるので、ノルウェー、スイスどちらが与し易いかという話題でしばし盛り上がり、結論として「どっちでもいいから、とにかく勝ってほしい」で締めくくり。
その後ジルズと会ったら、仕事でどうしてもオフィスに戻らなくてはというので、私もいったんホテルに帰って全身日本グッズでかためてスタジアムへ。勇んで歩いていると、いろいろなかたから「GO JAPAN」と声をかけてもらって気分は盛り上がります。
キックオフ3時間以上前にスタジアムに到着して、応援団の方たちとさっそく「ニッポン、ニッポン」のコール。日本チームのバスが通りかかるところで入り待ちもして声援を送りました。
結果はご存知のとおり4−0で圧勝。いや、あれは圧勝といったらいいのかどうかわからないけれど、電光石火の速攻と、田中美南選手と憎いばかりの個人技で試合を決めました。なでしこジャパン、誰が出ても強い!!
ジルズから「なに、このすごさ! 選手全員が自信を持ってやっているのがわかる。楽しいサッカーだね! モトコの代わりにラウンド16も準決勝も日本を応援するよ」と褒めてもらいました。
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4−0勝利に歓喜の雄叫びをあげる!

8月1日(火)
NZは冬なので、夜が明けるのが8時ごろ。9時発のオークランドに戻る飛行機に乗るためにホテルを出たときはまだあたりが真っ暗でした。
オークランドでホテルに到着したら、フロントの人から「おかえりなさい。日本、ほんと強いですね。すごい」と言われていい気分に。
夜はオークランドにやってきたジルズとアメリカvsポルトガル戦を一緒に観戦。翌朝6時にホテルを出ないといけないので、試合終了直前にスタジアムを出て急ぎ帰りのワールドカップ特別仕立て電車に乗ってホテルに帰りました。
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なんだかあまりおもしろくない試合でしたが、アメリカからやってきたファンの多さと熱気には圧倒されました。

8月2日(水)
予約しておいたタクシーで空港へ。帰りは直行便で、10時間ちょっとで成田到着。
NZ滞在正味13日で、7試合観戦。オークランド→ハミルトン→オークランド→ダニーデン→ウェリントン→オークランドと駆けめぐり、とても充実した日々でした。
行きの飛行機でお会いした方にも、スタジアムで会って観戦仲間になったジルズにもいったのですが、私はまたニュージーランドに行きたい。そんな思いを強くしたすてきな国、ニュージーランドでした。

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ワイカト河沿いの散歩は気持ちよかったなあ

 

暑い日本に帰国したらNZ旅日記を書こうとメモはとっているのですが、連日38度を超える暑さと聞くと、その気持ちもちょっと萎えそうです。現在はウェリントンに滞在中です。ニュージーランドは現在、冬……のはずですが、ここウェリントンは最高気温14度、最低気温11度とほぼほぼ快適な気候です。今日も晴れているので、おそらく日中はダウンなしで過ごせそう。
ま、気を取り直して、旅12日目の今日、少し時間ができたので、12日間の記録を残しておきます。

7月19日(水)
出発2日前の月曜日。書道教室に行くために電車に乗って、何気なく航空便のe-ticketを開いたら、な、な、なんと行き先がオークランドではなく、シンガポールになっているではありませんか! 衝撃を受けた私は家に駆け戻ってチェック。しかしいくらかけても電話は「ただいま電話は混み合っています」の応答音声のみが虚しく響き、焦りは増すばかり。結局電話が通じたのは翌日の朝で、それによると機材が準備できずに直行便が乗り継ぎになったと。
本来なら18時30分出発だったのが、午前中11時の出発になり、しかも10時間で行けるはずが、トランジットを入れて18・5時間とわかって出発前から疲労の色が濃くなり、朝7時発のリムジンで成田に向かいました。

7月20日(木)
シンガポールで乗り継いで、翌日の朝8時半にやっとオークランド着。シンガポールまでの便でたまたま斜め前に座っていらした方に声をかけたら、なんとオークランド在住20年とのことで、その後NZ情報をお聞きしたり、私の介護話(!)などをお話したりして、出発前からのイライラと不安が一気に和らいだのでした。
空港に着いたら、メールをチェックしていたその方から「オークランドの中心部で銃撃事件があった!」と教えられました。私が宿泊するホテルのすぐそばと知って、ドキドキ。でも乗ったタクシーの運転手さんが「テロではないし、交通規制ももう解除されているから大丈夫。今夜のW杯の開幕戦は予定通りだそうだよ」と言ってくれたのでまたまた胸を撫でおろしました。
その夜はGoogleマップとあっちこっちでいろんな人に聞きながら、公共バスに乗ってスタジアムへ。開幕式も開幕戦のニュージーランドvsノルウェー戦も存分に楽しみました。隣に座っていたニュージーランドの観客たちの歓喜のハイタッチと飛び跳ねる輪にちゃっかり私も混じり、メールアドレスを交換して、ジャパンも頑張れ、応援するよ、と励まされました。
帰りはワールドカップ用の特別仕立ての電車で市内まで帰り、またGoogleさんの案内で無事ホテルに戻りました。
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開幕戦で知り合ったジルズとは最後の試合まで一緒に観戦しました。

7月21日(金)
翌日の日本の試合に備えてIntercityという長距離バスに乗って、オークランドから2時間南西にある街ハミルトンへ。地図とにらめっこして、スタジアムから徒歩5分の所にあるホテル?モーテル?まで歩いていくと、どんどん人気がなくなり、寂れて荒んだ感じになっていくのに不安が高まりました。
町外れにあるホテルは、いささかショボく、その後持っていった服にダニがついていたらしく、ダニ被害にあったりもしたのですが、ま、町の美しさと終日ワールドカップの試合を流しているSkySportsが見られることで許しましたね。

7月22日(土)
いよいよなでしこジャパン、ワールドカップ第一戦、対ザンビア戦。ザンビアは直前の親善試合で世界ランク2位のドイツを3−2で破るなど、FIFAランキング77位だけど侮ってはいけない、という情報が流れていて、朝からドキドキが高まるばかり。
と言っても、キックオフの19時までFIFAFestivalでグッズを買うとか、ご飯を確保するとか、やることは山のようにある、というので朝食後に出発。またもやGoogleマップさんに聞くと、ワイカト川というのがホテルそばを流れていて、どうもFIFA  Festival会場は川向こうらしいとわかりました。
それならと川沿いの散歩道を歩いていくことにしました。そしてこれがもう最高の散歩となったのです。天気は快晴。暑くも寒くもなく、豊かな水量で悠々と流れる川も緑も美しく、すれ違う子連れのカップルやランニングやウォーキングをする人たちが笑顔でHi!と明るく声をかけてくれる。
おしゃれなカフェで、おしゃれなラムとサラダを食べて、ハンバーガーを夕飯用にテイクアウトしました。
試合については、もうね、これ以上ないくらいの感動でした。
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7月23日(日)
またIntercityでオークランドに戻りました。バスターミナルからホテルまで全身JAPANグッズで歩いていたら、日本人留学生だけでなく、見知らぬ人たちからも「Congrats! Japan」と声をかけられて、いい気分。
部屋でまたワールドカップの試合を延々と眺めていて、翌日にオークランドのイーデン・パークスタジアムでイタリアvsアルゼンチンの試合があると知って、急ぎチケットを購入。
私が宿泊しているホテルにイタリア・チームも宿泊していて、エレベーターでときどき会うのです。監督とコーチらしき人たちとも顔を合わせるのだけれど、監督以外誰もが笑顔で愛想がいい。応援したくなるよなあ、あの明るさは、と思います。中に一人、小学生かと思われるほど幼い顔立ちの選手がいて、後で彼女が16歳最年少だと知りました。

7月24日(月)
洗濯して、荷物の整理をして、あとは本を読んだり、テレビを見たりしながらまったり部屋で過ごし、午後に思い立って近くの公園を散歩し、そのままスタジアムまで歩いていくことにしました。Googleマップさんによれば、徒歩40分で行けるというので。オークランドは急な坂道が多いので、それが多いと難儀かなと思ったけれど、1箇所なかなかに起伏のある箇所はあったものの、ほぼ平坦な道をのんびり1時間ほど歩いて到着。
イタリアがエース10番を後半半ばをすぎてから投入し、あっという間にセットプレーからヘディングで1点とって試合終了。あの仏頂面の監督の笑顔を初めて見ました。
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帰り道で見たオークランドのタワーと月。オークランドはこれという観光名所がない?なかで、このタワーが街のシンボルみたいに扱われていました。

7月25日(火)
なでしこジャパン、第2戦が行われるダニーデンに移動。オークランド空港で日本からやってきた妹とその友人と落ち合う。彼女たちはなんということなく直行便で来たとのこと。
2時間弱でダニーデン到着。空港でJFAの知り合いの方々と会ってハグ。
市の中心にあるアパートメントホテルに20分ほどで到着。タクシーの運転手さんからダニーデンの歴史や観光スポットなどをいろいろと教えてもらいました。
人口13万のうち、2万人が大学生と大学関係者という大学町なんだとか。スコットランドの入植者が建設し、ゴールドラッシュ(わずか2年で終了)で一時賑わったものの、その後に一気に廃れて、今は大学と金融業で町の建て直しをしているのだとか。街並みは当時のままをできるだけ残してリノベーションを重ねているそうです。宿泊したホテルもそんな一軒。リノベーションの優秀賞も受賞しているとか。
ホテル近所のイタリアンレストランでおっしゃれ〜〜な食事を楽しみました。

7月26日(水)
試合まで町を散策。と言ってもダニーデンは小さな町であっという間に抜けてしまいます。
ふと、そういえばタクシーの運転手さんが「ダニーデンには美しいビーチがある」と言っていたことを思い出し、スポーツウェアの店員さんに「ビーチに行きたい」というと、駅前のバスロータリーからバスが出てると教えてもらいました。またもやGoogleさんにバスの番号まで教えてもらって妹たちと一緒に海へ。
太平洋の荒波が打ちつける海岸は、運転手さんの言葉通り美しく壮大。海岸を散歩していたら、前からくるカップルが大興奮で「あっちにSea Lionが寝ている!!」と教えてくれたので、駆けつけると、ほんとだ! アシカ? トド? ともあれシーライオンが砂に横たわっていました。
なんでもそのセント・クレア・ビーチはシーライオンの繁殖地で、海岸で11頭も子供を産んだ伝説のマム・シーライオンの銅像まで立っているのです。
海岸沿いのイタリアンで腹ごしらえしてホテルに戻り、全身「日本応援モード」で固めてスタジアムに出発。試合は2−0でコスタリカに快勝。生まれて初めてサッカーの試合を観た、という妹たちは「日本、強い!」「選手たちみんな上手い! かっこいい〜〜」と興奮。初サッカー観戦がこの試合で良かった。
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初めてみた野生のシーライオン
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ニュージーランドに行って、スウェーデンのテレビで応援している姿がアップされた日本人。スウェーデンの友人が「テレビに出ていたぞ。元気そうで何より」とかいって画像を送って来てくれました。
(続きは次のエントリーで)

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