Glamorous Life

グラマラスライフ 実川元子オフィシャルサイト おもしろい本、どきどきする試合や映画、わくわくする服に出会えたら最高に幸せ

装う快楽

(気が重くなるガンバの移籍情報から話題をそらしたい一心で、ガンバとサッカー以外の話題です)

 毎年「早く終わってくれ〜〜〜」と願う年末年始が近づいてきました。なんでこうも年末年始がいやなのかと振り返ってくると、「手が抜けない性格だから」ということに気がついたここ数年。大掃除もおせち料理もすべて手が抜けない。手を抜くと、そこから堕落していって、一気に老化が始まるような恐怖感があります。そもそもどうやったら手が抜けるのかがよくわからないのです。年賀状はようやく2年に1回にし、メール年賀状で近況をお知らせする「手抜き」で妥協することに自分を納得させています。(今年は喪中なので、メールもハガキも含めて年賀のご挨拶は失礼します、ってこんなところで言ってしまってすみません)
 いつまでおせち料理を作るか、というのも悩むところですが、たぶん今年も作るでしょう。作らない理由が自分の中で見つけられない。
 おせちだけでなく、自分一人しか食べないとわかっていても、食事作りに手が抜けません。私自身は手を抜いているつもりなのだけれど、気がつくと一汁三菜、作ってしまう。時間がない、めんどくさい、と思いながらも、冷蔵庫を開けて食材があると「もったいない」「腐らすわけにはいかない」「まずいものは食べたくない」というので、つい作ってしまう。これはもう、病気ですね。
 そんな私にぴったりの料理本を紹介してもらいました。同じように「手が抜けない病」に悩む女性からです。
「賢い冷蔵庫」瀬尾幸子著 NHK出版
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 野菜や肉の下ごしらえの技をいろいろと紹介している本なのですが、もうね、目からうろこぽろぽろのアイデアがいっぱいで、しかも役立つ役立つ。ほうれん草はゆでたあとしぼらないで保存、とか、ニラは刻んで醤油と水につけておく、とか、鍋であまった白菜は2.5%の塩水で保存、とか、素材の味を損なわず、すぐにおいしい料理に直結する技が紹介されていて、私は日々の食事作りが一気に楽しくなりました。
 手が抜けない人にとって、こういう技を伝授してくれるとほんとありがたいんだわ。
 ニラ醤油、あまった鯛の刺身にかけたらほんと美味しかった! おすすめです。
 
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 先日、母のことについて、かかりつけの医師に相談に行ってきました。その際に、はっと胸をつかれることを医師に言われて、以来自分の中でその言葉を噛み締めています。
 母は若いときから運動が苦手で嫌いで、からだを動かすことに消極的でした。いまもそうです。いまいるホームでは、たくさんの運動プログラムが用意されていて、さかんに勧められるのですが、1、2回は顔を出しても、なんやかやと言い訳をこしらえてやめてしまいます。 
 今回、私が心配でお医者さんに会おうと思ったのは、母が薬をちゃんと服用していないことに気づいたからです。というか、前々から私が「さあ、食後の薬を飲んで」といって薬の封を破ってコップとともに渡さないと飲まない。しぶしぶ飲んだあとに決まって「こんな薬飲んでも、なんの効き目があるのかわからない」という。 介護保険を利用して、お薬カレンダーを毎週届けてもらっているのだけれど、それでも飲み残しはいっこうに改善されない。
 そのことをお医者さんに訴えて、「先生から薬をちゃんと飲むように、運動もするようにと言ってもらえませんか?」と頼んだら、医師から「それはできません」とはっきり言われました。
「いま処方している認知症のためのお薬は、劇的に物忘れが直ったりする効果があるのではなく、現状をできるかぎり維持するためのものだ、ということは診察のたびに申し上げています。また運動機能が衰えて歩行困難になると、一気に老化が進みます、と運動もおすすめしています。でも、薬をのむのまない、運動するしない、というのはご本人の意志にかかっています。望むような効果があるわけではなく、副作用もあるのだから薬をのまない、というのも1つの選択ですよ。また歩くと足が痛くなるし、疲れる、だから歩かない、というのもご本人の選択です」
 そうかぁ〜と私はいたく感じいりました。
 メディアではしょっちゅう、80代、90代で矍鑠と活動し、老いなんかなんのその、自立して社会的にも活躍しているスーパー老人が取り上げられます。それが高齢化社会における老い方の理想像とされているところもあります。
 でも、スーパー老人になんかなりたくない、ぼけてわけわからなくなったっていいじゃないか、という老い方を選択する人がいたっていいはずです。 自分の衰えを素直に受け入れ、老いにあがらわずに老後を送るのだって一つの理想としていいはずです。老い方の選択肢がいくつもあるほうが、高齢化社会は豊かだと言えるのではないか。
 家族に看取られて、苦しまずに穏やかに死ぬことが老人の死に方の理想とされているけれど、みんながみんなそういう死に方を本当に望んでいるでしょうか? 1人で死んでいった人を、みじめだ、かわいそう、とあわれむのは生きているものの傲慢ではないか。
 生き方に関しても、もしかすると社会が押し付けた理想に振り回され、それにそぐわないことで悩んだり苦しんだりしている人もいっぱいいる
 人それぞれ、与えられた寿命もちがえば、生まれ育った環境もちがっています。こういう生き方、老い方、死に方をしたい、と願ったところで、それがかなえられる人なんてほとんどいないのではないか。選択したくなくても選ばされることだってある。意識的にせよ、無意識にせよ、何かしら「選択」できる人は、平和で安全な社会に生きていて、ある程度健康で経済的にさほど困窮していないということで、その意味で幸せで恵まれているのだと思います。
 そして医師の言葉を反芻しているときに気づいたのですが、老い方、死に方の選択は、生き方の選択の延長線上にある、ということです。つまり、自分の意志で選んでいった道の先に老いと死があるのだ、ということ。 今日の私の選択が、80歳、90歳の私に深く影響しているのです。そう心して、やっぱり私は日々の運動と食事に気を配る健康ばあさんでいようと思いました。
  
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 今年65歳になったので、インフルエンザの予防接種の割引通知(?)が送られてきました。
 先日、その通知を持って近所の医院に行き、家族一同が長年お世話になっている先生に「ついに私も高齢者の仲間入りですよ〜。インフル接種の通知が来るようになりました」と言ったら、 先生から「おめでとうございます」と言われました。
「めでたいんですか?」と聞いたら、「そりゃめでたいでしょう! 無事に65歳になって、インフルエンザの予防接種が受けられるくらいの健康体ってことですよ。これがめでたくなくて何がめでたい」と言われたので、なーるほどそう言われればその通りだととたんにおめでたい気分になりました。
 ほかにも65歳になって役所から届く通知があれこれあり、受け取るたびに、そうか、私はいよいよ高齢者の仲間入りだよね、と痛感し、同時に「あと何年元気でいられるのか? 老後の準備をどうすればいいのか? 100歳まで生きたらみんなに迷惑をかけてしまうのではないか」とあせったり、考えこむことが何度もありました。遺書を書いておこうか、終の住処を探しておくべきか、いやその前にぼける前にやっておかねばならないことがたくさんあるではないか、とぐるぐる考えているだけで何もせず。
 あるときふと気づきました。どれだけ準備しても、どれだけ心積もりをしたところで、老いと死はそのとおりにやってきてはくれない、ということに。もちろん、ボケて迷惑をかけないように運動や食事に気を配るとか、いざというときには誰を頼るのかをあらかじめ決めて頼んでおくとか、少なくとも寝込むような病気をできるだけ避けるように心がけるとかは最低限としても、こういう風に老いていきたい、とか、こういう死に方がしたい、とかはたいてい外れるのではないか。
 65歳になったとき、「あと20年は『現役』として社会に関わっていきたい」と真剣に思ったし、このブログでも書いたと思います。でも、それは願望でしかなくて、強い意志を持って宣言できることではない、ということを思い知らされる出来事にたくさん出会うのが高齢者です。やりたいことをやって、行きたいところに行って、人の役に立てるひとでいられるのはあと何年、と数えてみたところで、あまり意味がない。
 それよりもとにかく今日の自分ができることをがんばること。残された時間をかぞえたりせず、過ぎていった時間なんかもさっさと忘れる。いまできること、いまやりたいことをやることしかない、と自分に言い聞かせています。
 今年は実は仕事が忙しかったです。仕事を通じてたくさんの貴重な出会いがあったし、学んだこともたくさんありました(まだ今年は終わってないけれど)。いま発売中のVOGUEに「VOGUE Women of the Year」が発表になっていて、私は松任谷由実さんのインタビューを担当しました。今年一番、いや、これまでで一番すてきなお話が聞けたのですが、私と同い年の大スターが「デビューしたときからずっと、夢はOne More Song」ときらきらしたまなざしで言われたのに、大げさでなく、魂が揺さぶれるほど感動しました。「次の歌を作る、次のアルバムを出す、次のステージに立つ、それが夢」——そう言われたときに、私は目の前がぱーっと開けたような心持ちでした。
 いつまでできるんだろう? そんなことを考える暇があったら、いまやりたことをやれることに感謝して、いまやりたことをやるだけ。来年も仕事があるだろうか、なんて思い悩んでいるひまがあったら、自分で仕事を作っていこう、と思っています。

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11月17日(日)キックオフ18時45分
前後半40分ハーフ  15分ハーフタイム
サラマットFC vs シン・ブラザースFC  
結果は 3−4でシン・ブラザースFCが勝利しました。

驚いたのは、ロヒンギャの若者たちが立ち上げたサラマットFCが、この数ヶ月で驚くほど成長していたことです。練習場所で出会った「大人」のチームの人たちにコーチを頼み、週末には地元のチームと練習試合を重ね、個人でもテクニックの向上に励んだとか。7月に同じカードで試合をしたときとはチームは様変わりしていました。
そしてシン・ブラザース。開始10分でサラマットに先制されると目の色が変わり、後半に入ると本気モードで押せ押せになって得点を重ねました(あまりに前がかりになって失点もしたけれど)。ハーフタイムに真剣にミーティングして、ポジションを変え、新しい選手を投入して打開をはかろうとしていたのは本気モードの証。
おかげで最後まで引き締まったいい試合ができました。
負けたサラマットの選手たちが、足をつりながらも必死に走り「勝ちたい!」「勝とうぜ!」と叫んでチームを鼓舞していた姿に、ちょっと感激しました。

試合終了後、選手、スタッフ、観客全員で記念撮影をしました。みんなの笑顔がまぶしいほどに輝いていました。
「また試合したいです! よろしくお願いします」とスタッフたちに挨拶した選手たちの笑顔、「いい試合でした!」「よくがんばった!」という観客の皆さんの選手への声援と拍手! 実川、そんな皆さんの笑顔や声に、お恥ずかしながら一瞬 なみだぐみそうになりました。
もちろん、またやりましょう! これが第一歩です。

写真撮影をサポートスタッフに一任したので、後日整理してからアップするつもりです。
ご協力くださった方々、お忙しいところを応援に駆けつけたサポーターの方々、そしてサラマットとシン・ブラザースの選手、忙しいところを働いてくださったスタッフのみんな、ありがとうございました。

 
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 CONIFA(Confederation of Independent Football Associations独立サッカー連盟)は、マイノリティ、ルーツを持つ国を離れて生活する移民や難民、僻地で暮らす人々などに、サッカーやスポーツの試合をする場と機会を提供する趣旨で20137月に設立されたグローバルな組織です。その活動理念は「サッカーをする喜びを通して、互いの文化と社会への理解を深め、友好と親善の橋を架ける」ことにあります。日本国内においてCONIFAのこの理念を共有する人々を支援し、活動を推進していく目的でCONIFA in Japanの立ち上げを決め、現在NGOとして組織化しようと準備を進めています。

 このたび、CONIFA in Japanの主催で、サラマットFC vs シン・ブラザースFCの親善試合を行う運びとなりました。

 サラマットFC(Salamat FC)は、在日ロヒンギャの方々を中心に2017年に結成されました。サラマットとはアラビア語で平和を意味し、民族に関係なく平和にサッカーが楽しめますようにという願いがこめられています。マレーシアに本部を置くロヒンギャFAは、CONIFAのメンバーです。

 シン・ブラザースFCChin Brothers FC)は在日シン(ミャンマーの少数民族)の人たちが2016年に立ち上げたチームです。サッカーをこよなく愛するシンの人たちにとって、シンボル的な存在となっているチームです。

 この親善試合が2チームの間だけでなく、日本の人たちや、日本で暮らす外国人との交流のきっかけとなることをCONIFA in Japanでは願っています。

 

試合概要

開催日時:11月17日(日) 18時45分 キックオフ

前後半45分 15分ハーフタイム 20時30分試合終了

開催場所:赤羽スポーツの森公園競技場

試合についてのお問い合わせは、実川元子までお願いします。 

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