Glamorous Life

グラマラスライフ 実川元子オフィシャルサイト おもしろい本、どきどきする試合や映画、わくわくする服に出会えたら最高に幸せ

読む快楽

一年12ヶ月で最も私が苦手とする月が8月です。暑いのが苦手。お盆休みがあるために仕事の締め切りが繰り上がるのが嫌だ。たいてい世間が海だ山だと浮かれているときに、ひたすらPCに向かわねばならないのがうんざりだ……とか思っていましたが、今年は新型コロナウイルス感染者(陽性者)が急増し、重症者も増加して医療体制が逼迫している状態がずっと続いたために、少なくとも世間は夏休みだといっても騒ぎはなく、それはそれで寂しくつまらないと感じた8月でした。コロナ感染で苦しまれている方のニュースを目にすると辛いです。例年にも増して、心浮き立たない8月でした。
ウォーキングのことを書いたきりずっと放置だったので、8月に思ったことを書いて夏を締めたいと思います。
まずガンバですが、試合を見ていない私が何かを言う資格はありませんが、どうやらダメダメなようで、ため息です。川崎選手は移籍したみたいだし、楽しみな選手は怪我ばっかりだし、しかも点がとれないとなると、いったいどこに希望を見出したらいいのかわからないうちに8月が終わってしまいます。私のDAZN復帰はまだ先だな。
今年は最近5年ほどで最も仕事が忙しい8月でした。朝10時から夕方6時まで昼ごはん抜きでひたすらキーボードを叩く毎日で、久しぶりに腱鞘炎になりかかっています。ちょっとやばいです。

最後に読んだ本も記録として記しておきます。

「食べる時間でこんなに変わる時間栄養学入門〜体内時計が左右する肥満、老化、生活習慣病」
柴田重信著 講談社ブルーバックス
むずかしいことはさておき、朝4、昼3、夕3の割合で食べて、朝にタンパク質を意識してとることだけは始めた。肝臓や肺などの臓器にも時間遺伝子があるとは知らなかった。

「彼岸花が咲く島」
李 琴峰著 文藝春秋
芥川賞受賞作だということを読み終わって知ったけれど、賞にふさわしい作品。ファンタジー、ではあるのだけれど、ノンフィクションといってもいいほど今の世相を描いている。どこの島が舞台なのだろう、と沖縄と台湾の間にある島を探してしまったりした。

「リンバロストの乙女」
ジーン・ポーター著 村岡花子訳 河出文庫
読書会の課題図書で読む。昔読んだときとまるで印象が異なった。女性の教育、自然と開発のあり方、社会格差など、現代まで続く問題が提起されている少女小説とは気づかなかった。

「あのこは貴族」
山内マリコ著 集英社文庫
衝撃的な小説だった。地方出身でがんばって勉強して慶応に入ったけれど、学費が続かず風俗の店で働くようになった女性と、東京の山手出身のお嬢様で幼稚舎から慶応、結婚だけが女性の生きる道だと信じていた女性が、一人の男性を介して知り合う。二人の道はもちろん交わらないのだけれど、でもお互いの生き方に影響を受けて、二人ともこれまで想定していたのではない生き方を選ぶ。映画化もされていて、ぜひ見たいと思っている。


「生命誕生〜地球史から読み解く新しい生命像」
中沢弘基著 講談社現代新書
この地球に生命が誕生し、植物や動物に進化していったのはどれほどの奇跡なのかがやっとわかった。だが永遠はない。いつかこの地球上から生命が消えていくであろうことも薄々わかった。難しいのだけれど、読ませる。最近理系の本を意識的に読んでいるのだけれど、この本は理系から遠く離れた私でも読めたし、理解がきちんとできたとは言わないが、読みながら衝撃を受けた。月や星を必死に見るようになったのもこの本の影響が大きい。

「赤い魚の夫婦」
グラダルーペ・ネッテル著 宇野和美訳 現代書館
メキシコの作家が動物(魚、猫、蛇など)を主役の分身?に据えて人間関係を描く。妊娠によって揺れる夫婦関係を赤い魚に投影させたり、仕事のチャンスをふいにしそうになる自分の妊娠とペットの猫の妊娠を重ねたり、ゴキブリを通して伯母と母との関係を見据える少年とか……。「本当は喜ばしいことであるべきなんだけれど、裏側にはそうではないざらりとしたものがある」ことを登場する動物たちが語っているある種のホラー。いや、ほんとおもしろかった。

最後の最後まで「不祥事発覚」「辞任」で何回もつまずいて転びそうになりながらの大会ですが、今日開幕ですね。
でもコロナ感染拡大で東京で1日2000人近い感染者が出ている下で開かれることだけが問題ではありません。オリンピックはもうかなり以前からそのあり方に大きな疑問が投げかけられてきました。
そもそもオリンピックは始まり(1896年@アテネ)から、帝国主義的、人種差別的、性差別的なスポーツイベントで、その体質が今も根強く残っていることが長らく批判され続けています。
ある特定の人種(白人)、ある特定の性(男性)、ある特定の民族(欧米「先進国」)に属する人たちが、自分たちの身体的優位をそれ以外の「文明化されていないと自分たちが考える人たち」に誇ろうという意図で開かれてきたことは、歴史が明らかにしています。実は「平和の祭典」「人類みな平等」という看板は、IOCがブランド維持のために掲げているだけで、戦争や紛争や政治的問題が起こるとたちまち「中止」になったり、「抗議のために不参加」の国が出てくることがいったい何回あったことか。
コロナ禍下で行われる今回の東京オリンピック。
オリンピックだけでなく、スポーツの国際的なメガイベントがこれからどういう方向に向かっていくのかをあらたな視点から考えるヒントがつまっている対談です。否応なく時代は大きく変わろうとしていることを感じさせます。


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 人に何かをしてもらったり、頂き物をしたときには「ありがとう」とお礼を言う。それは社会生活を送る上で欠かせない、というのは当然だと思う。でも、何かをしてもらったり、プレゼントをもらったりしたら、そのお返しを「しなくてはならない」というのは、正直「そうかな?」という思うときがある。バレンタインデーにチョコ貰ったら、ホワイトデーにお返しするとか、それくらいならいいけれど(本当はホワイトデーのお返しも「やるべき?」と疑問なのだが)、モノでもコトでも贈りものに対して、必ず返礼をせねばならなくて、それを欠いたら社会人失格だとか、人格を疑うとか、そこまで責めたりしたら、人間関係はとてもぎすぎすとした嫌なものになってしまうのではないか。
 母方の一族は、とにかく「返礼」に厳しくて、モノを貰ったらその日のうちにお礼の電話をかけて、お礼状を出して、後日同じくらいのモノを贈るべきだ、と口うるさく言っていた。 自分たちが贈ってすぐにお礼がないと、口をきわめてその人を罵り、もうつきあいをやめるとまで言う始末。「お礼をせんとは非常識だ!」という母や祖母の声が今でも耳についているほどである。
 モノを贈られたら返礼の品を送り返すのは百歩譲ってまあそれも社会常識なのかもしれないと思ったりするのだが、たとえば人を紹介するとか、情報を教えてもらう(あげる)とかそういうことに対しても、返礼をするのが「義務」だと言って、同じコトを自分がお返しできないのであれば、 見合ったモノで返礼をせねばならない、という考え方には子どもの頃から私は疑問を持っていた。親切でやってくれたことに対してモノで返されることを相手はどう思うだろうか? 面倒くさいからつぎからは親切にするのをやめようと思うんじゃないか? しかもこちらが何か人に対して労をとった場合に、返礼がないとこれまた人非人のように罵る、というのはおかしいんじゃないか? と十代の頃から私は思っていたのだが、今でもつい返礼を期待して人に何かを贈る自分がいて、なかなか染み付いたものはぬぐえていない。
 しかし、である。親子の間で贈与→返礼の公式(?)は成り立つのだろうか? 「子どもの面倒をみたのだから、年老いた親の面倒を子どもはみるべきだ」という公式である。親子関係が(いつも必ず)無償の愛のもとに成り立つとは思ってはいないが、かといって子育て(教育含む)にかけるコストとエネルギーを、老後に子どもに返してもらおう、という発想で子育てするっていうのは、なんか(じゃなくて、かなり)おかしいと思う。理想論かもしれないけれど、子どもを育てることと、老いた親の面倒を子どもが見ることの間に「贈与の法則」は成り立たない、と私は思いたい。
 それは夫婦(パートナー間)でも同じだ。相方がお金を稼いできてくれるのだから、私が家事と育児を担う、というのも、Give&Takeで関係のバランスを保とうとする考え方ではないか? それだと双方とも苦しくなるばかりではないだろうか。
 人間関係はGive&Takeだけじゃない。Giveに対して、必ずTakeがあるべきだと考えていると、その人間関係はいつまでたっても豊かなみのりを結ばないのではないか。かと言って、「愛」なんてつかみようがない関数を入れても、いい関係になるとは限らない。それならどうしたらいいか。それがわからないから、今日も私は悩んでいるわけだ。
 そんなことを考えながら、取材して書いた記事を添付しておきます。
https://www.vogue.co.jp/change/article/feminism-lesson-vol9

新刊が出ました。
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「小さなひとりの 大きなゆめ ココ・シャネル」 
マリア・イサベル・サンチェス・べガラ 文
アナ・アルベロ 絵
実川元子 訳
ほるぷ出版
https://www.holp-pub.co.jp/book/b556717.html

「子どもたちの夢を励ましたい」という目的で世界十数ヵ国で出版されている絵本シリーズ「小さなひとりの 大きなゆめ」(Little People, BIG DREAM)の一冊として出版されました。
シャネルの他には、マザー・テレサ、オードリー・ヘップバーン、マーティン・ルーサー・キング・ジュニア、マリー・キュリーがシリーズに入っています。
このラインアップを見てもわかる通り、女性やマイノリティがしめています。
以前にもう少し年齢が上の女の子たち向けの女性の伝記シリーズ「こんな生き方がしたい」(理論社)に関わったことがあり、「ファッションデザイナー、ココ・シャネル」「建築家 長谷川 逸子」を執筆しました。そのときにも強く思ったのですが、ロールモデルとなる女性の業績を真正面から取り上げて紹介する「伝記」が必要です。「真正面」というのは、その人の恋愛とか結婚とか子供がどうの、とかそういうことではなく、やってきたこと、社会に与えたインパクトと遺した業績に焦点を当てることが重要だ、という意味です。
今回の絵本は小学1、2年生向けで、シャネルが女性のファッションと生き方にどういう影響を与えたかをちゃんと伝えているところが気に入っています。 
子どもだけでなく、大人にも是非読んでいただきたいシリーズです。
よろしくお願いいたします。 

 今年は「ブログを続けてきてよかった〜〜」と思う出来事がたくさんありました。
 まず、書道展にブログ読者の方がいらしてくださったことにはびっくりして、とても嬉しかったです。またブログ読者の方からメールをいただいて、本の情報を交換したり、先日はガンバサポの方と2回もお目にかかって、なんとなんと、ガンバカラーのすてきなニット帽をいただいたり、もう嬉しさを通り越してぶるぶる震えるほど感動しちゃいました。
 ほかにもブログで紹介したドキュメンタリーを見ました、と顔見知りではないかたからメールをいただいたり、拙訳書を購入しましたと感想を送ってくださったり、昨年CONIFAの年次総会で訪れたポーランドの旅日記を読んでポーランドに行きましたとおっしゃる方がいたり、ほんとブログ主名利につきます。
 
と、いきなり話題が変わりますが、今年読んだ本(今年出版された本ではなく、私が読んだ本です)でおもしろかった本をあげておきます。順不同。

「感染症と文明——共生への道」
山本太郎著 岩波新書
「21Lessons 21世紀の人類のための21の思考」
ユヴァル・ノア・ハラリ著 柴田裕之訳 河出書房新社
「誓願」
マーガレット・アトウッド著 鴻巣友季子訳 早川書房
「アシガール」
森本梢子
「フェミニズム 」
竹村和子著 岩波書店
「存在しない女たち 男性優位の世界にひそむ見せかけのファクトを暴く」
キャロライン・クリア度=ペレス著 神崎朗子訳 河出書房新社
「マンガ 認知症」
ニコ・ニコルソン/佐藤眞一著 ちくま新書
「エクソフォニー 母語の外に出る旅」
多和田葉子著 岩波文庫
「健康・老化・寿命 人といのちの文化史」
黒木登志夫著 中公新書
「アルテ」
大久保圭

来年もたくさんの楽しい方々とお目にかかる機会がありますように(リモートでも!)
来年もたくさんのおもしろい本や映画に出会えますように!

今年もブログにお越しいただきありがとうございました。
みなさま、どうぞよいお年をお迎えください。
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(やはり作ってしまいました、おせち)

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