Glamorous Life

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青黒を追いかけて

 さぁ〜〜〜J1再開ですよ!
 再開初戦は、なんと大阪ダービーですよ〜〜〜!
 DAZNも休止を解除し、今日の18時のキックオフを待ちます。
 わくわく、どきどき、はらはら、という日々がまた戻ってくるのですね。
 
 勝手に(情報をあまり見ないで)今日の希望フォーメーションを書いておきます。
 前情報をまったく無視して、私の希望ですからね(念を押す)だから4−4−2です。

         東口

 オジェソク  三浦 ヨングォン 藤春
  (高尾)       
      井手口  遠藤
       (矢島)
  小野瀬          倉田
              
     アデミウソン  宇佐美
       (福田)

カッコ内は交代選手。後半に3−1−3−2に変更

    高尾   三浦   ヨングォン
        
         矢島

   小野瀬   遠藤    倉田

      福田   宇佐美  

 たぶん外れてるでしょうが。

 あと6時間弱。それまでに仕事を終わらせるぞ〜〜 

 

私はJリーグの今のチェアマン、村井さんを高く評価しています。今回の再開に向けての準備や総意の取り付けに関して、あらためて「チェアマンが村井さんでよかった」としみじみ思いました。
 Jリーグは先週末から再開、というかJ3は開幕。ガンバU23は讃岐との試合で、今季の開幕戦を3−2で勝利しました。唐山選手、川崎選手がゴール。市丸選手が2アシスト。経験のある選手とフレッシュな若手選手がかみあっての勝利で、嬉しいです。
 そして今朝、私はJリーグが再開にあたり、選手やスタッフたちに向けて作成した動画(の一部)を見て、ぼろぼろ泣いてしまいました。サッカーがある日常が戻ってくる、という喜びからではありません(それももちろん少しはあるけれど)。
 もう1993年から2020年のはじめまでの「サッカーのある日常」はもう戻ってこないのだな、ということを思い知らされたこと。それは昨晩書いた「ウイルスとの共生」の記事の中にある「決して心地よくない妥協の産物」としての共生を意識した時代に入ったということ。サッカーだけではないけれど、スポーツを生活の中でどう位置付けるかを自分に問い直さなくてはならないことを思い知らされたからです。
 これまで以上に、試合が見られる喜びを強くかみしめて、1試合1試合たいせつに観戦していく、たぶんそれが、ウイルスとの共生時代における私とサッカーとのつきあい方になるのだろう、と今は思っています。

最後に、昨日のガンバ大阪U23 vs カマタマーレ讃岐の試合ダイジェストのオフィシャル画像を貼り付けておきますね。唐山選手の2得点もすばらしいけれど、川崎選手のドリブルシュートも豪快!

 
 

 今日はJ3ガンバU23vs讃岐FCで、いま試合やっています。DAZNを休止中で、来月、J1再開から休止をやめてまた始めようと思っているので、試合が見られていません。どきどき。

 それはさておき、J1再開までに巣立ち日記を終わらせるつもりでいます。もうそろそろ巣立たないとね。とはいうものの、いまだに東京は感染者の数が増え続けていて、私は都心をのしのし歩いたり、居酒屋で気炎をあげたりする気にはなれません。関西にいくのも「もしも私がウイルスをばらまいてしまったらどうしよう」というのと、新幹線に乗るのもこわいために、しばらくはガンバをパナスタで見ることも(心理的に)無理かなあ。

 新型コロナウイルスに関しては、感染の流行が終息することは近い将来には望めそうにないことがわかってきて、さかんに「ウイルスとの共生(symbiosisというのだそうです)」「ウイズ・コロナ」とか言われています。そして私の頭の中に「共生って、いったいどういうこと?」という疑問がわいてくるので、共生せざるを得ない相手を知ろうとこの数ヶ月で何冊か本を読みました。その中で、「ウイルスとの共生」をどうしたらいいのかということについて、ヒントを与えてくれた本を3冊紹介したいと思います。

『感染症と文明〜共生への道』
山本太郎著 岩波新書
『ウイルスの意味論〜生命の定義を超えた存在』
山内一也著 みすず書房
『免疫力を強くする〜最新科学が語るワクチンと免疫のしくみ』
宮坂昌之著 講談社ブルーバックス

 まず、感染症とはいったいどうやって起こるのかが知りたくて手に取った『感染症と文明〜共生への道』は、東日本大震災の年に発刊された本ですが、今年、あらためて大きな注目を集め、岩波書店も増刷をかなりかけたそうです。(今年5月15日で7刷)
 感染症は文明の開始とともに人類とともにあり、何回となく歴史を変えてきました。14世紀のペストの流行でヨーロッパの人口が激減し、教会は権威を失い、代わりに国家が求心力を持つようになったとか、インカ帝国はスペイン人が持ち込んだ疫病で滅んだとか、インフルエンザの流行で第一次世界大戦が早めに終結したとかが有名ですが、そのほかの地域でも戦争ではなく(というか戦争の副産物として)感染症によって歴史が塗り替えられた例がいくつもあります。
 ホモ=サピエンスはもちろん、動植物が登場するよりはるかに以前からこの地球上に存在していたウイルス(そのあとに細菌が出てくる)は、生物と接触するとときに共生し、ときに感染症を引き起こします。ある地域の人は感染症の症状をあらわさないのに、遠方からやってきたヨソモノたちが突如発熱して死んでしまったりする。反対に元気な船乗りたちが遠方の島にやってきたら、島の人間の半分が重い病にかかったりする。ヨソモノとの接触の頻度がごく稀だった時代でも、感染症はその地の文明を滅ぼしかねない恐ろしさを持っていたのです。
 グローバル化によって大勢の人が短時間で地球上を長距離移動するようになった現代社会では、感染症はいつなんどきどこで起こるか予想もつかず、しかも今回のCOVID-19のように短期間に世界中に広まってしまいます。今後もコロナウイルスのような感染症はつぎつぎと世界を襲うでしょう。それではどうしたらいいのか?
 長年、世界各地で感染症対策に従事してきた著者は「根絶は根本的な解決策とはなりえない。病原体との共生が必要だ」と提言します。しかも「共生とは、理想的な適応ではなく、決して心地よいとはいえない妥協の産物なのかもしれない」というのです。真夏のマスクやソーシャルディスタンスをとることくらいならいいけれど、他の地域への移動はよほどのことでないかぎり禁止、ということもあるかも。もっといえば、「開発」のために森林を切り開いたり、深海探査をしたり、氷山を削ったり、そういうことやめたほうがいいんじゃないかな、と思いましたね。

『ウイルスの意味論〜生命の定義を超えた存在』を読んで、私はこれまで持っていたウイルス像が覆ったのだけれど、人類だってウイルスの全容を掴んでいないのだな、ということがわかりました。ウイルス研究は緒についたばかり。2010年代に入ってからも、細菌並に大きなウイルスが見つかったり、ウイルス同士で情報を交換していることが確かめられたり、高温低温や深海(高圧)という「まさかこんなところにも!」という場所でウイルスが発見されたりとそれまでの「常識」をくつがえすウイルスの姿が確かめられているのです。
 ヒトの体内には1キロくらい細菌がいる、というのは知っていたけれど、ヒトの細胞の中にはヒト内在性ウイルスHERVが9%もあるというのも驚き! 3000年〜4000年前にヒトの細胞に入り込んだレトロウイルスが感染力を失って潜んでいるけれど、何かの拍子に活動を始めるかもしれない、というのです。上橋菜穂子さんの名作『鹿の王』は、ウイルスの「攻撃的共生」という見方にヒントを得て書かれたものだとか。
 ヒト内在性ウイルスは人類にとってなくてはならない働きもしている、というのも驚きです。ヒトの胎児の胎盤にある合胞体栄養膜細胞というのは父親からくる遺伝子を持つ胎児を母親が異物として排除しないように、栄養素だけを取り込む働きをしているのだとか。そしてその細胞もHERVだというのです。ということは、私たちが生まれてこられるのは、ウイルスのおかげ、と言ってもいい。ヒトや動植物に病気を引き起こすウイルスはほんの一部で、ほとんどは「私らあんたたちとは関係ありません」とじっとしているのです。でもヒトの「資源開発」などの経済活動で、ヒトや動植物からすれば運悪く、ウイルスにとっては運良く細胞の中に入り込む出会いがあれば、そこで何かが起こるわけです。
 そしてやはりウイルスの世界的権威の山内さんもいうのです。
「現在、われわれの周囲に存在するウイルスの多くは、おそらくは数百万年から数千万年にもわたって宿主生物と平和共存してきたものである。人間社会との遭遇は、ウイルスにとってはその長い歴史の中のほんの一コマに過ぎない。しかしわずか数十年の間に、ウイルスは人間社会の中でそれまでに経験したことのないさまざまなプレッシャーを受けるようになった。われわれにとっての激動の世界は、ウイルスにとっても同じなのである
 言ってみれば、ウイルスさまが主である地球に、われわれ人類は新参者として居候させてもらっており、ウイルスさまとのつきあい方がわからないままに右往左往している、ということでしょうか。
 
 長くなってきたので『免疫力を強くする〜最新科学が語るワクチンと免疫のしくみ』ついては簡単に。
免疫力をアップする、とちまたではさかんに納豆やヨーグルトやサプリメントを勧める「情報」があるけれど、免疫についてのトップランナーである宮坂先生に言わせると、食で免疫力アップはまったく望めないそうです。 
 結論から言うと、ウイルスとか異物が入ってきたときに、それっと素早く駆けつけて対処させるために、血流とリンパの流れをよくすることが肝心で、そのためには運動するしかない、とのこと。
 それと免疫力が強すぎるのも考えもので、異物でもないのに、自分のからだを攻撃して炎症を起こさせることでかかる病もあると言います。アトピー、アルツハイマー、花粉症なんかもそうだとか。ううう、私、風邪はめったに引かないし、病気にもかかりにくいので免疫力を誇っていたのだけれど、 花粉症などアレルギー疾患の宝庫ですよ。免疫が強いのも良し悪し。

 ほかにも読みましたが、結局この3冊かな。COVID-19と「共生」していくためのヒントとして、またあやしげな情報にまどわされない指針を与えてくれる本としておすすめです。

 というところで同志からメッセージあり!
 J3 vs讃岐戦、ガンバU23は3−2で勝利したとのこと! 唐山くん✖️2点、川崎くん(決勝点)おめでとう!! 

2ヶ月に及ぶ外出自粛生活にようやく終止符が打たれたようで(一応)、「新常態」での日常が戻ってきます。マスク着用、2メートルの社会的距離をとる、三密はやっぱり避ける、など「新常態」の条件が出ていて、まだ恐る恐るではありますが、ともあれ日常生活が始まります。
巣篭もり日記を終えて、さて、この時期に何を書こうかなと考えていました。「新常態日記」(変態日記みたい)、「AC(アフターコロナ)日記」(あまりに露骨で芸がない)などタイトルをあげてみたものの、そんなタイトルでは前向きなことは書けないなとあきらめ、ベタではありますが「巣立ち日記」で始めてみることにします。
この2ヶ月、人と顔を合わせることがほとんどなく、同居の夫とでさえ挨拶程度しか話をしませんでした。そのおかげかどうか、ひさびさに自分自身との会話時間が長くとれたように思います。これからどうなるのか、私はどうすればいいのかといろいろと自問自答を重ねた2ヶ月が終わって、いま一番強く自分自身に言い聞かせているのは、「2ヶ月前と同じ思考回路で、同じ生活態度で生きていってはいけない」ということです。
 これまで「普通」だと思いこんでいたことが、普通ではなくなりそうで、当然続いていくと信じていたことが終わってしまうかもしれない時代がやってきます。これまでの経験とか実績とか知識とか、そんなものがまったく役に立たなくなるでしょう。頭も、心も、からだも、そんな大きな変化に対応できるような柔軟性と強靭さが求められています。ちょっと大げさですが、私はこれからあらたな羽ばたきを覚えて、勇気を持って巣から飛び立っていかねばならない。だから「巣立ち日記」なわけです。
66歳でもう一回巣立ちか〜と思うと、3分の1の私は「やれやれ」とため息をつき、3分の1は不安を覚えているのですが、あとの3分の1はワクワクしています。できればワクワクを半分くらいには持っていきたいです。何回も羽ばたいては転がり落ち、羽ばたいているつもりなのに少しも飛び上がれないことが続きそうですが、どうか無事に巣立ちができますように!

5月25日(月)
いよいよ関東圏や北海道も緊急事態宣言が解除された。
午前中に美容院へ。昨年の年末から髪を伸ばしっぱなしだ。肩にかかってはねてしまうので気にはなっているのだけれど、やりたい髪型が思いつかない。
もう20年近くお世話になっている美容師さんに相談したら「髪を伸ばしていきたいのですか? 伸ばしていくにせよ、いまは毛先が傷んでいるので、せめて3センチでも切ったほうがいいですよ」と言われた。
3センチ切りそろえるだけなんて中途半端なことはしたくない。切るんだったら、思い切って10センチは切りたい。
せっかく切るのだったら、過激な髪型にしたいのだけれど、今は過激に走るだけのエネルギーが湧いてこない。巣篭もり疲れなのだろうか?
結局、シャンプーブローだけにしてしまった。
読んだ本
『サピエンス全史』(ユヴァル・ノア・ハラリ著 柴田裕之訳 河出書房新社)上巻を読み終わる。
『JIN~仁』5、6巻

夕飯はいわしのパン粉焼き(巣篭もり中に4回も作ってしまった。今回はドライトマトでアクセントをつけてみた)、野菜スープ
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5月26日(火)
 ガンバが練習を再開したらしい。Twitterに動画が上がっていたので、食いついて見た。
https://www.gamba-osaka.net/news/index/no/11027/
選手たちも宮本監督も元気そうでうれしい。7月にはパナスタで試合観戦ができるのだろうか? サッカーだけではないが、スポーツ観戦の形も変わっていくのだろうなあ。


 巣篭もり期間中に痛感したのは、誰かが何かをしてくれると待っていても、その何かが起こることはないし、何かは手に入らない、ということだ。
 マスクが品切れだ、なんとかしてくれとドラッグストアの店員に迫っても、出てくることはなく、アベノマスクが送られてくるだけだった(ああ、血税の布マスク……涙)。
 自粛期間が終わったら、ひいきのレストランが閉店し、お気に入りのミニシアターが閉館し、好きなアーティストが廃業してしまっていたら……どうしよう、誰かどうにかして! というだけでは、どうしようもないことがわかった 。
 ネットを眺めているだけではどうしようもない。行動を起こさなければ、アフターコロナの社会はとてつもなく味気ないものになってしまう。私ができることは何かをいま模索中だ。
 その一つとして、Facebookで教えてもらった、生産者と飲食業(レストラン)を支えるためのお取り寄せ企画にのってみた。遊ぶたという北海道の養豚業者と、その豚肉でソーセージやハムを作って出しているレストラン、ブーシェルの手作り加工品、そして北海道のおいしいチーズ製造業者の製品を購入した。大満足。
お取り寄せで夕飯はボルシチ、パテドカンパーニュとハムのゼリー寄せ、パプリカとマッシュポテト添え
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読んだ本:『LIFE SHIFT~100年時代の人生戦略』リンダ・グラットン、アンドリュー・スコット著(今更ですが、ベストセラーを読んでみました。うーん、ちょっとしんどかったなあ。100年、できれば85年くらいで人生を終えたいですよ〜) 

どうやら来週月曜日、5月25日には東京も緊急事態宣言が解除されるようなので、今回で(当初の希望どおり)巣篭もり日記は終了します。4月半ばに書き始めた当初は、「100年に一度」とか騒がれるこの感染症による外出規制で在宅を余儀なくされ、自分自身がどうそれを受け止めるのかを分析してしておこう、日記形式で日々何をやって、どんなことを感じ、考えたかを書き留めておこう、というつもりでした。
当初はマスクや消毒液がまったく出回っていなかったり、スーパーやドラッグストアでの買い占めが話題になっていたり、外出規制にもかかわらず遊びにいく人への非難が高まったりしていましたが、5月連休明けからは、「経済の立て直し」「新常態」とかACの話題が多くなってきています。
そこで、気が向いたらですが、アフターコロナの生活について、ビフォーコロナと比べながら考える日記を書いてみようかない、と考えています。でも、ま、ほんと気が向いたら、ですが。

5月18日(月)
 ガンバの試合に関する記憶は、20年間にわたってかなりしっかりしていると自信があるのだけれど、学校に通っていたころの記憶が失われてしまっている。今年度、小学校から高校まで通った学校の同窓会幹事が回ってきたので名簿の整理をやったのだけれど、申し訳ないことに名前を見てもその顔が思い出せる人が3分の2しかいない。
最後に同窓会に出席したのは6年前、還暦を記念して開かれた会だったのだけれど、そのときも「あの人誰?」状態で、親しくしている人にこっそり聞いて教えてもらうことたびたび。それからもう6年同窓会に顔を出していなくて、しかも幹事になったんだから今度こそ出席するぞと楽しみにしていたのに、今年同窓会を開くのはむずかしそうだ。記憶はどんどん薄れていく。
妹から「お姉ちゃんは思い出を大切にしていない」とよく非難(?)される。私が昔の写真とかをぱっぱと捨ててしまったり、学生時代のことをほとんど覚えていなかったりするからだ。 私が大切にしたいのは過去ではなく、現在と未来なんだ、と非難されるたびに言い返していたのだが、その気持ちは巣篭もり状況になってからますます強くなっている。
過去を思い出すのではなく、現在と未来のことを考えたい。昨日より今日、今日より明日をもっとよくするために、何が私にできるか、もしくは何をしてはいけないか(次世代のために、未来のために)と考えて行動しないと、コロナ禍に呑みこまれてしまいそうで不安なのだ。

と、テーマからいきなりずれてしまうけれど、過去の思い出深いYouTubeをアップしてしまおう!
試合開始から監督胴上げまで、全てが記憶に刻まれている。何回見ても泣けてくる。



夕飯は、ほうれん草&ケール&新玉葱と豚肉炒め卵とじ、レタスやベイリーフのサラダ、野菜スープ

 5月19日(火)
図書館が休館になるぎりぎりのタイミングで借りた本の返却のために外出。返却ポストに入れながら、外回りを掃除していた警備員さんに「開館はいつごろになりそうですか?」とダメもとで聞いたのだけれど、案の定「さ〜今月いっぱいは閉まっているんじゃないの? 私じゃわからない」と素っ気なく言われてしまった。
図書館が休館してしまうと、デジタルの資料にしかあたれなくなってしまって本当に困る。 つぎにロックダウンがあるときには、HPで予約した書籍や資料の貸し出しくらいはぜひできるようにしてほしい。電子化されていない資料を必要としている人は、決して少なくないはず。
もしかしたら、あそこにあるかも……とかすかな期待を持って、雨の中をとぼとぼと2キロほど歩いて古書店に行ってみたのだけれど、そこも閉まっていた。本と出会えない生活。それが私には一番こたえているのかもしれない。そんな贅沢で呑気なことを言っている場合じゃないのだろうけれど。

夕飯は、ナスの煮浸し、青椒肉絲、豆腐と大根の味噌汁、煮豆、野菜スープ(残り物の惣ざらえ)

5月20日(水)
今回の記念に、マスクを縫ってみた。ガーゼとゴムがセットになったキットを購入して、ミシンがないので手縫い。
私はものすごく不器用で、特に裁縫が大の苦手。高校のとき、家庭科でパジャマとかエプロンとかブラウスとかスカートを作らされたが、全部母親にやってもらって提出した。雑巾だってまともに縫えない人に、そんな高度な衣服なんて無理ですよ。
その後も裁縫トラウマは続き、娘たちの保育園では布団カバー(敷き布団とかけ布団の両方)、汚れもの袋、着替え袋、防災頭巾全てを同じ柄の布地で縫わされるという苦行があり、ミシンがないために全部手縫いした。子どもを寝かしつけた後に徹夜して作りましたね。頭の中で「かあさんがよなベーをして〜〜布団カバー縫ってくれた〜〜」が脳内リフレイン。でもあの頃は、認可保育園にやっとこさ入れた喜びで、その苦行にも耐えられました。
娘たちも「同じ柄で布団カバーやらを作る」ことは保育園から言われたが、なんと! 最近ではネットで請負販売するプロがいっぱいいるのだとか。しかも安い! そうだよね。ミシンがない家庭が多くて、時間も労力も限られている働くお母さんに、手作りしろ、それが母親の愛情なんて押し付けはまったくおかしい。
でも、自分のものを趣味で作るのだったら楽しい。型紙とって裁断、手縫い、というので2時間弱で出来上がり。これもコロナ記念ってことにしよう。
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夕飯は、豚肉ともやし、玉葱、きのこの中華炒め、春雨ときのこのスープ

5月21日(木)
検察庁法改正案が今国会で見送りになったと思ったら、なんと黒川東京高検検事長が、緊急事態宣言期間中に新聞記者と賭け麻雀をしていたと週刊文春がすっぱぬき、それをきっかけに黒川さんは辞任届を出した。検察庁法改正についても、記者クラブの在り方についても、文春砲についても、言いたいことは山ほどあるが、それはさておき。
私にはわからないのが「なぜ検事長になるほどの世知たけたやり手の検事が、自分が渦中の人物であることがわかっていて、三密を避けるために自粛を強いられているこの時期に、違法である賭け事をしたのか?」ということだ。ギャンブルの中毒性は検事長の理性を失わせるほど強いものなのか? 
このコロナ禍が起こってからも、パチンコがやめられない人たちのギャンブル依存症が話題になった。その前にもIR(統合型リゾート)にカジノが入ることに対して、ギャンブル依存症で家庭を壊された人たちから反対の声が上がり、挙句に賄賂もらっていた議員が逮捕されたりした。
パチンコも麻雀も競馬も、人生で1、2回しかやったことがない私には、わからない。ギャンブルの面白さも、なぜ人生を棒に振ってまでのめり込んでしまうのかも、まったくわからない。わからなくて幸せだと思っている。たぶんアドレナリンがドバーッと出て、それが快感で、クセになるのだと想像しているのだけれど。
もしかすると、ですよ、それはガンバが2点差をひっくり返す逆転勝ちをして、しかもそのゴールが後半93分だったときの痺れるような興奮なのだろうか? ああ、それならわかります。私もその興奮が忘れられず、きっとまた強いガンバが見られるだろうと、万博やパナスタの階段を登ってしまうんですよ。……ってなんでギャンブル依存の話からガンバ依存症へと話が移っちゃったんだ? 早くJリーグ再開しないかなあ。

夕飯は、おでん(季節外れのメニューだけれど、寒いんだもの)、大根ときゅうりとレタスの梅干し和え豆腐のせ、枝豆
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5月22日(金)
4月12日から書き始めた巣篭もり日記を今日で終えることにする。(別の名前の日記を始めるかもしれないけれど)
私が巣篭もりを始めたのは、3月28日からだ。3月27日に打ち合わせのために渋谷に行ったのを最後に、公共交通機関を利用していない。徒歩と自転車で行ける範囲でしか行動していなくて、夫と近所の人(太極拳の師匠と美容師さんを含む)以外と直接顔を合わせて話をしていない。2ヶ月あまりで話をしたのは合計6人だ。
でも、ビデオ会議や飲み会はやっているし、娘や孫たちとはビデオ電話はしているから、人と話をしていない、という感じはまったくしていない。暇だからSNSへの投稿やブログの更新は以前より頻繁なので、むしろ「最近よく喋ってるな、私」とさえ思っている。
巣篭もり期間中の変化をあげると
ー早寝早起きになった(6時前に起床、10時すぎにベッドに入る)
ーNetflixとVimeoで映画を見るようになった(15本くらい観た)
ー手紙を書くようになった(ほぼ毎日誰かに手紙を書いている)
ー消費を控えるようになった(別に控えたいと思っていたわけではないのだけれど、買い物に行かなくなったし、生協は欠品ばかりだし、ないならないでなんとかしようと思っているうちに巣篭もり前から消費金額が半分以下に減った)
ーじっと座り、できるだけ何も考えない時間が少しずつ長く持てるようになった(まだ瞑想まではいかないのだけれど)
巣から出て、さて、この期間中に得たもの失ったものを今後どうするのか、ということについてはまだ考えられない。
ただ、体調も精神面も健やかに巣篭もりができたことは、とても恵まれていた、ありがたいことだと心底感謝している。

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もう一つ、地元商店街を支えるために、できるだけ地元で消費するようにしている。毎週花屋さんに通って、花を買うようになったのも巣篭もり期間中の「習慣」の一つ

夕飯は、甘鯛のアクアパッツァ、アスパラガスとトマトもサラダ
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