Glamorous Life

グラマラスライフ 実川元子オフィシャルサイト おもしろい本、どきどきする試合や映画、わくわくする服に出会えたら最高に幸せ

観る極楽

今頃かよ、という声が自分の中からも聞こえてくるのですが、自分用のメモのために書いておきます。
まず、私の昨年のNO1映画は
『シング・ストリート 未来へのうた』
でした。監督はジョン・カーニー。『ONCEダブリンの街角で』『はじまりのうた』の監督、といえばもうストーリーは見えますね。今回は1985年のダブリン。父親が失業し、両親が離婚しそうな少年が主人公。音楽好きの兄は引きこもり、姉は家族と口をきかない。兄と一緒にレコードを聴くときだけが少年コナー至福のとき。コナーは好きになった少女の気を引きたくて、バンドを組み、そして……もう見えますね。80年代のロックがずらりと出てきて、それだけでも心が震えます。ああ、青春、とノスタルジックに浸りたい人=私にはぴったりでした。
『弁護人』
盧武鉉前韓国大統領の若いころの話を下敷きにした韓国映画。この映画は主演のソン・ガンホにつきます。金儲けしか考えていないしがない弁護士が、知り合いの息子が逮捕され、拷問を受けたことを知って変わっていくところ。ソン・ガンホでなければこの映画は問題提起してこなかったと思います。ただ、ちょっと重い。重くていいんだが、盧武鉉前大統領がその後どうなったかを知っているから、よけいに重くて苦い。
『国際市場で逢いましょう』
同じく韓国映画。 朝鮮戦争から一家で逃げるとき、父親から「お前が家長になって家族を守れ」と託されながら、妹を見失ってしまったドクス少年。一家を守るため、生活を支えるために、ドイツに出稼ぎにいき、ベトナム戦争に従軍し、その間も妹と父を探し続けるドクス青年。そしてやっと見つけた妹は……というお話。途中でサムスン創業者の若い頃が出てきたりして、韓国社会の激変ぶりも楽しめる、という仕掛けになっています。
『キャロル』
LGBTが何かとクローズアップされる今日この頃。ですが、この映画の原作は1952年に刊行されたパトリシア・ハイスミスの”The Price of Salt"です。すごいな、パトリシア・ハイスミス。1950年代にゲイがどう扱われていたか、もうその恐怖がすごい。ケイト・ブランシェット、怖かった。
『ディーパンの闘い』
本当は昨年のNO1に入れたかったのだけれど、こないだWOWOWでもう一度見たら、ラストが現実なのか、それとも願望なのか、まだわからなくて、それはつまり私がこの映画をまだ理解しきっていないからだろうということで、ベスト映画から落としています。フランスに難民として逃げた3人のタミル人「偽」家族が主人公。全員、スリランカで大きなものを失ってきていて、それが移民先で取り戻せるのか、それとも失ったものを引きずり続けるのか、というところがポイント。
『あの日の声を探して』
ロシア、チェチェン紛争がテーマです。ロシア軍に家族を惨殺され、一人赤ん坊を抱えて逃げる少年が主人公。今気づいたけれど、なんで私はこんなに少年が主人公の映画を見ているのだろう? 少年好き?
それはさておき、難民となってしまった少年を、EU職員の フランス人女性が引き取るかどうか、というところが話のポイント。
『エール!』
フランスの農場の一家で、唯一耳が聞こえる少女が、合唱団を目指しながらも、家族を置いていくことに逡巡する、という話。ミッシェル・サルドゥの歌がテーマになっていて、私は映画を観て以来、サルドゥを聴き続けています。そしてラストで彼女が手話付きで歌う「青春の翼」を聴くたびに泣く。

さて、あとは観た映画をタイトルだけ並べておきます。☆はよかった〜〜〜という心の声
『黄金のアデーレ 名画の帰還』
『オデッセイ』
『ルック・オブ・サイレンス』☆(重くて痛い)
『パリ3区の遺産相続人』☆(文無し男がダメすぎて泣けた)
『フランス組曲』☆☆☆(アウシュビッツで死んだ女性作家が遺した作品。原作の方が音楽的で美しかったかな)
『愛しき人生のつくり方』☆☆(子供って親の人生に踏み込みがち。気をつけないと)
『恋はデジャブ』☆☆(予想外に面白かった。
『5時から7時までの恋人カンケイ』(ふざけんじゃないっ!と怒ったんだけれど、主人公を演じた俳優が早死したと知って一応のっけておくことにします)
『サヨナラの代わりに』☆(難病の人に同情以外に何ができるか。「最強のふたり」の女性版かな)
『彼は秘密の女ともだち』☆(トランスベスタイト……うーん、女性性ってすごいね)

三が日が明けて、今日が私にとっての仕事初めです。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。

お正月は関西の母のもとで過ごしました。娘たち一家も全員集合し、8人で賑やかに祝いました。座の中心は3歳の孫。私の母に「ひいおばあちゃん、あけましておめでとうごじゃいましゅ」とかちゃんと言えて、成長を感じました。昨年は場所見知りと人見知りで大泣きしてたいへんだったのに。

1月1日にマンションの屋上から 初日の出を拝みました。寒空に震えながら待っていると、生駒山系からゆっくりと太陽が顔をのぞかせ、数分のうちに空をオレンジ色に染め上げてのぼっていくのは、厳かで感動すら覚えました。
2017年、どうかよい年でありますように。皆様にとって、そして世界中の人々にとって、心穏やかに暮らせる日がたくさんありますように!

 
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「翻訳というおしごと」(実川元子著 アルク刊)の刊行を記念して、新宿紀伊國屋でトークイベントが開催されます。
 私、実川と一緒に登壇いただくのは、金融翻訳のトップランナーでいらっしゃる鈴木立哉さんです。鈴木さん、とにかくおもしろくて、とにかくすごい方です。鈴木さんを取材したとき、ファミレスで2時間半たっぷりお話をうかがい、それでも聞き足りなくてそのまま焼き鳥屋でフルコース飲んでしゃべりまくりました。お話はどれも深くて、私はその後翻訳についての考え方が少し変わりました。
そんなことをイベントでお話できたら、と思っております。

翻訳というおしごと」刊行記念イベント!
とき:12月13日(火)午後7時〜
ところ:紀伊國屋書店新宿本店 8階イベントスース

https://www.kinokuniya.co.jp/c/store/Shinjuku-Main-Store/20161126100007.html
本を紀伊國屋書店で購入していただくことがイベント参加の条件になっているのですが、何卒大勢の皆様にお越しいただければと願っております。
詳しいことは、店頭または直通電話 03−3354−0758までお問い合わせください。
翻訳というおしごと(イベント案内)

 

今、岩波ホールでジョージア(旧グルジア。ジョージアという言い方がどうしても慣れない)とアブハジアの紛争を取り上げた2本の映画が公開されています。初日の昨日、2本とも見てきました。
「とうもろこしの島」
2014年 ギオルギ・オヴァシュヴィリ監督 作品
「みかんの丘」
2013年 ザザ・ウルシャゼ監督作品

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 今年5月〜6月にかけて行ってきたアブハジアの紛争をめぐる映画がこの時期に日本で公開されるとは! 何という偶然……なのか?
1992年、アブハジアがジョージアから独立宣言してからジョージアとの間に大規模な軍事衝突が勃発。アブハジアにロシアがついたことで対立は激化。1994年に停戦合意が成立した後も、対立は続いている、とのこと。ジョージア、アブハジア双方に「民族浄化」が起こり、一説では3万人が死亡、25万人が難民になったとか。特にアブハジアで暮らしていたジョージア人が難民化した、と聞きました。当地に10日ほど滞在しただけでは紛争の実態はわからなかったし、ロシアとアブハジア側からしか見えなかったので、映画を観て、特にジョージア側からの見方が少しだけうかがえました。
 あらすじを書くとネタばれになってしまうのであらましだけを紹介しておきます。

「とうもろこしの島」
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現在、ジョージアとアブハジアの「国境」(もちろんジョージアは今もアブハジアを自分たちの領土だと見なしているので「国境」とは認めていませんが、ジョージア側とアブハジア側には検問があります)近くを流れるエングリ川。コーカサス山脈から黒海へと注ぎ込む川は、春の雪解け時に山々から流れてくる大量の肥沃な土砂により、河口付近にいくつもの中州ができていました。周辺の住民は春になると中州にとうもろこしの種を撒き、秋に収穫してそれを冬場の食糧にしていたそうです。現在はエングリ川上流にダムができたので、とうもろこし畑ができるほどの中州がなくなり、その習慣は失われたとか。
それはさておき、川をはさんでアブハジアとジョージアの兵士たちがにらみあい、ときおり軍事衝突を繰り返して時期に、アブハズ人の老人が孫娘をともなって中州に小屋を建て、とうもろこしを栽培します。セリフがほとんどなく、聞こえてくるのは鳥や獣の鳴き声、風と雨の音、川が流れる音、ボートを漕ぐ音、そしてときおりの銃声のみ。老人と十代前半の孫娘はほとんどしゃべらず、2人でもくもくと畑を耕し、川で魚をとり、それをさばいて焼いて食事する。
季節は春から秋へと移り変わり、 その間にいろいろなことが起こるのですが、何が起こったかは映画を観る人たちが想像しなくてはならない。
少女の両親はどうしたのか? 
老人たちはどこに住んで、何を生業にしているのか?
少女は祖父のことをどう思っているのか?
アブハズ人とジョージア人はどこが違って、なぜアブハズ人は独立を求めているのか?
そんなことを小さな中州から360度見渡す水と空と山々の映像と、音だけで想像しながら考える。 
想像しているうちに、ストーリーが浮かび上がってくる。スクリーンにはあらわれない情景、語られない感情、ひと言もふれられない主人公2人の過去と未来、それが見えて、聞こえて。わかってくる。
映像の一コマ一コマが実に雄弁。少女から大人へと踏み出す少女の性の目覚め。死を身近にして、少女の将来を案じる老人の不安とあせり。そんなすべてが煌煌と畑を照らす月や、突然襲ってくる豪雨が語るのです。
35ミリで撮られた映像は、妙な言い方ですが「真実」を写し取っている、という印象を与えました。忘れられない映画になりそうです。

「みかんの島」
アブハジア西部に100年前からエストニア人が住む集落があったそうです。紛争勃発でその大半がエストニアに帰国したのですが、残った2人のエストニア人が、戦闘で負傷したロシア側傭兵のチェチェン人とジョージア人を救ったことからストーリーは思わぬ展開を見せます。
と、これ以上は書けない。ネタばれだから。
ただ、私は「とうもろこしの島」ほど感動しませんでした。「なぜアブハジアとジョージアが戦うのか?」「紛争に意味があるのか?」という問いに対する答えが、あまりに饒舌に語られ過ぎる。紛争当事者同士にはそれぞれ言い分があるだろうし、言い分とは別に個人的に戦う理由、戦わない理由がある。それを全部語ってしまっては、その先はないんじゃないかと思いました。

チェチェン人が出てきたことで、もう1本、少し前に観た映画についても紹介しておきます。
「あの日の声を探して」
2014年 ミシェル・アザナビシウス監督
ロシアのチェチェン弾圧を、チェチェン人の一家、無理やり兵士に駆り出されるロシア人の若者、EUの人権委員会から派遣されたフランス人、国際赤十字でボランティア活動にあたるアメリカ人の4つの視点から描いた映画です。親を殺されたチェチェン人の少年が主人公なので、お涙頂戴のメロドラマになってしまうのを、ロシア人の若い兵士の視点が斬り込んでいます。が、所詮はフランスやアメリカの「西欧的視点」による切り口であることは否めない。ストーリーもロシアやチェチェンに対してちょっと上から目線すぎないか、とか思ってしまいました。
それに比較すると(比較できるものではないけれど)、「とうもろこしの島」については紛争と弾圧についての斬新な描き方を感じました。紛争と弾圧に巻き込まれた人々を描く、というのは、巻き込まれた理不尽と悲惨だけに焦点を当てればいいってもんじゃないと思います。銃弾が行き交う中でも、過酷な自然に対峙して生活を営んでいく(いかねばならない)人々の精神的な強靭さと、簡単に殺し合い傷つけ合う人々の脆さを対比させることで、見えてくるものがある。銃弾ではなく、人間を映しとらないと、紛争は描けないのではないか、と思いました。
 

日々飛ぶように過ぎていき、あと2日で帰国です。
Facebookには自分のメモ代わりに毎日何をやっているかを、列車内にいるときとか、スタジアムでの試合待ちにiPhoneで書いているのですが、机の前に座ってPCでブログを書く時間がなかなか取れずにここまで来てしまいました。

さて、リヨンにやってきてから3試合を観戦しました。
おもしろい試合もあれば、レベル低すぎと言いたくなる試合もあり、欧州といってもそのレベル差は相当あるな、というのが感想です。クラブチームのトップの戦いのチャンピンズリーグのほうが、国別対抗戦EUROよりもレベルが均等なのかも。
6月13日(月)はスタッド・ド・リヨンでベルギーvsイタリアを観戦。
12日の午後に到着して、一番に私が向かったのは市内中心にあるベルクールのファンゾーン。スタジアムへの最も安全な行き帰りの交通手段を聞きたかったのだけれど、ツーリストオフィスがやっていない!!! ツーリストオフィスが閉じている理由と、どうやってスタジアムに行けばいいかをあちこちでたずねるも、誰も要領を得ない。ベルギーサポがすでに酩酊してチャントわめきまわっているし。
結局、UEFAの公式HPで推薦している通りに、地下鉄とトラムを利用することにしました。
そして13日。不安だったので、開門の18時前に到着できるように17時に市内のアパートを出発。地下鉄車内ですでにテンションマックスのベルギーサポと、彼らに「ビザ野郎、ブッフォンくそくらえ」とかあおられてやむなく応酬するイタリアサポにはさまれながらあっという間にスタ到着。45分でした。近いじゃないか!
スタジアムは、後で知ったのですが、今年1月に完成したばかり。もうそれは見事。吹田スタで浮かれまくっていた私は、その規模、設備、サービスに圧倒されるばかり。

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(開幕前には地元の高校生によるパフォーマンスがあります。へたくそなんだけれど、なんか毎回感動してしまう私)

そもそもこのカードのチケットはカテゴリー1しか とれなかったのですが、なんと前から2列目という近さでした。だが、喜んでいられたのは30分のみ。大雨が降ってその席に座っていられず、やむなく後ろに避難するはめに。隣の席のフランス人(生粋のリヨンっ子。もちろんオリンピック・リヨネーズの熱烈サポ)がいろいろと面倒を見てくれて、ほら、こっちに来たらいいよ、人が来れば移動すればいいんだし、この雨だからみんな試合開始まで来ないよ、ここにいよう、試合開始の9時までにはあがるよ、とか。
このときもですが、その後の試合でも「隣の席に座った親切な人」に私は面倒を見てもらうことになります。EUROで、たった一人で観戦している女は、いくら欧州広しといえどめったに、いや、まったくいません。ましてや「日本から来たんだー」とか言うと、みんな一瞬絶句して「この変人奇人女をなんとか無事にかえさなくちゃ」という気になるらしく(よい方に妄想)、ナイトのごとく面倒を見てくれます。ありがたや〜〜〜
試合はさすがの迫力でとっても楽しかったし、試合後もナイトのおかげで1時間で安全にアパートまで帰ってこられました。 まずは第一関門突破。

次の観戦は6月16日(水)ウクライナvs北アイルランド@スタッド・ド・リヨン。
試合開始が18時からでまだ真っ昼間といっていい明るさだし、そんなに早くスタジアムに行く必要もないか、と市内でランチしてのんびりしていたら、予定していた地下鉄の路線に乗れずに、やむなくわめきまわっていた北アイルランドサポたちと移動するはめになりました。
今から振り返ると、それはそれでとっても面白い体験だったのですが、酩酊状態でテンションスーパーの彼ら(半分くらい裸)になぜかもみくちゃにされながらスタジアム入りしたときには、あまりの熱気に頭の中が溶けそうでした。
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(地下鉄に乗るまでにも大騒ぎ。一緒に踊れとか強制されたけれど、さすがにお断りしました。私、飲んでないから)

スタジアムではまたもやナイト出現。今度はドイツ人の熱烈サッカーファンで、EUROは15試合観戦予定。奥さんがベルギー人で、奥さんの妹がフランス人と結婚してパリにいて、そこを拠点にあちこち行っているのだとか。ドイツとの間を期間中に5回出入りするそうです。なかなか紳士的で話がとってもおもしろく、その後のクロアチアvsチェコ戦の観戦時にもずいぶんと助けてくれました。ありがとう、ユルゲンス。 
それはさておき、試合はおもしろくなかったのですが、北アイルランド「歴史的初勝利」で大喜びだったので、それが見られただけでもいいとします。
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(北アイルランドの歴史的勝利で感涙にむせぶサポ)
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(内容も酷い完敗に呆然とたたずむウクライナサポ)

そして翌日、6月17日(木)クロアチアvsチェコ観戦@サンテティエンヌのスタッド・ド・ジョフロイ・ギシャール
宿泊しているペンションのマダムから、「リヨン→サンテティエンヌ往復のチケットは絶対に事前に買っておいたほうがいい」と言われたので、市内にあるSNCF(フランス鉄道)のオフィスの自販機で前日に購入しました。そしてそのアドバイスがいかに正しかったかを、特に帰りに思い知らされます。
ペンションからほど近いパレーシュという駅から乗車したのですが、駅で待っていたらクロアチアサポとチェコサポが続々とやってきて、プラットフォームのそばの芝生のところでボールを蹴り始めました。それを眺めながら昼食のサンドイッチをかじっていた私の足元にボールが転がってきたではありませんか。おもむろにサンドイッチを置いて立ち上がり、思い切って蹴り返したら、双方のサポから拍手をいただきました。インサイドキックを習得(?)しておいてよかったよ。
サンテティエンヌはこじんまりとした街で、スタジアムも街中にあり、私は市の中心でサポたちを眺めながらアイスクリームなぞを食べてからスタジアム入り。昨日知り合ったドイツ人サポと、彼の友人というイングランド人のおじさんたちと一緒にあれこれサッカー話をしながら試合開始まで時間をつぶしました。そのうちの一人が「俺はこの試合に期待している。きっとおもしろい試合になる。うらやましい。イングランドはろくな試合をしないからな」とか言っていて、思わず爆笑してしまったら、ほかの誰も笑ってなくて「あれ? これマジな自虐だったの?」とどきり。思わず「笑ってしまってごめん」とかバツ悪げな顔で謝ってしまいました。
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(サンテティエンヌ中央駅前)
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(スタッド・ジョフロイ・ギシャール。サンテティエンヌの産業王の名前をもらったのだとか)

試合は期待通りにハイレベル。とくに2点取るまでまったくのクロアチアペースでしたが、中心選手のモドリッチが足をいためて交代したあとからは、チェコが押しまくる展開に。チェコが1点返してからは(すばらしいヘディングシュートでした! 目の前で見て興奮)押せ押せムードでクロアチアは防戦一方。
とそのとき、クロアチア側のスタンドからピッチ内に発煙筒が次々と投げ込まれ、警官隊がスタンドにどっと押し入った直後にドンドン、と大きな爆発音が。実は私、この試合で騒動が起きるかも、という情報を前日にもらっていたのですが、たかをくくっていました。いや〜〜ほんとだったのね、あの情報、とか妙に感心したりして。
幸いにして、私はチェコ側に近いメインスタンドだったので、逃げようと思えばそれほどむずかしくないな、と思いながら動画撮影なんぞしていました。でも、周囲の家族連れはほとんどその時点で帰ってしまいましたね。
私より上段の後ろの方で観戦していたドイツ人とイングランド人に「どうすべき?」と身振りで聞いたら、彼らはさっさとあいた私のまわりの席におりてきて、「今帰るほうが危ない。大丈夫。もうすぐ試合再開するから、全部終わってから帰ろう」と言ったので、それを信じることにしました。
彼らの言葉通り、15分たって試合再開。そしたらチェコがPKを獲得して追いつき、2−2で試合終了。大喜びのチェコ選手とサポたち、意気消沈でスタンドにぽっかり空席ができてしまったクロアチア側スタンドと対照的でした。
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(試合中断中。クロアチア側のスタンドにはぽっかり穴があきました)

そのまま私はドイツ人、イングランド人と一緒にリヨンまで帰ったのですが、行きはあれほど鼻息荒かったクロアチアサポが、なぜかユニを脱ぐとか裏返しにしてしょんぼり黙っていたのがかわいそうだったです。駅ではリヨン行きの21時発の切符がもう売切れる、とかで切符を確保しておいてよかった、と胸をなでおろしたのでした。
一杯飲んで行く?と同行の面々に聞かれたけれど、なんかもうへとへとだったので帰り、おふろに入って爆睡して現在にいたる、というわけです。
 

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