Glamorous Life

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書籍紹介

2年ぶりに新刊が出ます(5月27日発売)
「腸の文化史」
エルサ・リチャードソン著 実川元子訳
太田出版
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 2年ぶりの新刊はサッカーではなく腸の話。といっても、腸活に関するうんちくはあまり出てこなくて、産業革命以降の西洋、とくに英国の歴史と社会において、消化器官、とくに胃腸がどれほど大きな役割を果たしてきたか、というような内容です。
 食事とそれにまつわる文化について、労働形態(とくにランチが胃腸に与えた栄養)の変化が腸に及ぼした影響、排泄の革命がもたらした都市の変容、そして20世紀末から遺伝子工学の発達によって腸内に棲息する微生物たちが、実は人類とともに進化してきた、という科学的発見があったこと、などが書かれています。
 歴史は戦争や災害など大イベントだけでなく、食べて、消化して、排泄するという人間の生命の根幹をになう消化器官、とくに腸(と腸内に棲む微生物たち)の働きが大きく関与してきた、という著者である英国の若手学者の説は、いまの世界情勢と私たちの生活を振り返ると腑に落ちます(この言い回しにも腸が出てくる)
 私にとってはとても刺激的なおもしろい内容で、毎朝ダッシュで家事を片付けて、PCの前に座って翻訳するのがとても楽しかったです。最後は締切が迫って、立ち上がるのはトイレだけ(食事はPCを見ながら何かをかじるという一番胃腸によくない食事形態で、本書も「机に座って食事することだけはするな」と警告している)という状態でしたが、とにかくほんとに楽しかった。
 本書がいま読まれるべき本であるとどうして私が考えたのかをあとがきにまとめたので、少しだけ抜粋して紹介に当てます。
「著者が言うように、化学肥料で土中の微生物を殺し、殺虫剤を撒きまくって虫を殺し、清潔志向で洗いまくって皮膚のマイクロバイオーム(微生物叢)を、また抗生剤を飲みまくって腸内のマイクロバイオームを破壊することは、身体の疾患だけでなく、うつや認知症などの精神疾患さえ招きかねない。今こそ私たちは、人間はほかの生物とともに助け合って環境を守らなければ生きていけないことを肝に銘じなくてはならない。腸のなかのマイクロバイオームとの関係を意識することで、私たち人間は多様な生き物のなかの一つとして、ほかの生物と協力し合って生きていることを学び直すことが必要だ、ということを本書は訴えている」

新刊がもうすぐ出ます。
「サッカー・グラニーズボールを蹴って人生を切りひらいた南アフリカのおばあちゃんたちの物語
ジーン・ダフィー=著 実川元子=訳
平凡社

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南アフリカ北東部リムポポ州の村に住む高齢女性たちは、ストレスと加齢に起因する高血圧や糖尿病に悩まされ、医師から運動を勧められていたが、とてもその余裕がないまま病状を悪化させていた。
自らも結腸癌で通院していたベカ・ンツァンウィジという女性は、病院でそんな高齢女性たちの姿を見て心を痛め、これはなんとかしなくてはと立ち上がった。まず、女性たちをなだめすかし、病院裏手の空き地で自分といっしょにエクササイズをしようとうながした。
あるとき同じ空き地でサッカーをしていた少年たちが蹴ったボールが一人の女性の足元に転がってきて、その女性が蹴り返した……それがサッカー・グラニーズが生まれるきっかけだ。(グラニーズは英語でおばあちゃんの意味)
少年たちに頼み込んでボールの蹴り方やルールを教えてもらううちに、女性たちはしだいにサッカーにのめりこんだ。からだを動かすことで健康を取り戻し、集まっていっしょにボールを蹴って、おしゃべりをして悩みを打ち明ける仲間ができたことで、女性たちは自尊心も取り戻した。
 ベカはついに高齢女性たちのサッカーチーム「バケイグラ・バケイグラ」(バケイグラは南アフリカの言葉でおばあちゃんの意味)を結成する。コーチやチームドクターを自腹を切って雇い、村をまわって長老たちを説得し、いくつもの「バケイグラ・バケイグラ」をつくって、地域対抗の試合をするまでになった。
 南アフリカの高齢女性サッカーチームに注目し、BBCが放映したニュースを見たアメリカ在住の白人女性ジーン・ダフィー(著者)は、地元マサチューセッツで開催される成人のためのサッカー大会「ベテランズ・カップ」に「バケイグラ」を招待しようと思いつき、ベカに連絡をとる。
 ジーンは子どもたちのサッカーの試合をライン際で応援するのに飽き足らず、30代でチームに入り、15年も毎週試合を欠かさないサッカーウーマンである。チームや地元のサッカー協会の支援を受けて、ジーンたちは数々の困難を乗り越えてベカが率いる「バケイグラ・バケイグラ」の20人あまりのおばあちゃんたちをアメリカに招待するのに成功する。
 その後もジーンたちのチームと南アフリカのサッカー・グラニーズとの交流は続き、昨年には南アフリカで世界各地のサッカー・グラニーズのチームの国際大会まで開催された。
 
 南アフリカの黒人高齢女性は人種差別、性差別と年齢差別という三重の差別を受けている。アパルトヘイトの時代を生き延びた女性たちは、過酷な人種差別政策と、「女の子は学校に行かなくてもいい」という社会の性差別のために教育を受ける機会が奪われた。本書で紹介されるサッカー・グラニーズの大半は小学校すら出ておらず、字が書けない読めないために就業がかなわず、自宅の庭に植えた野菜で飢えをしのぐしかない、という人が大半だ。歳をとって病気がちになると、コミュニティの人たちに殺されてしまうこともある。
 また1990年代から2000年代はじめにかけて南アフリカではHIV/エイズが猛威をふるい、子どもを亡くしたおばあちゃんたちは、孫やときにはひ孫の面倒まで見なくてはならなかった。南アフリカの人種差別、そこに起因する貧困と暴力のすさまじさを、サッカー・グラニーズたちはインタビューで淡々と語る。
 それなのに本書は明るさに満ちている。ボールを蹴っているおばあちゃんたちは、はじけんばかりの笑顔だ。その人生は理不尽な暴力にさらされて苦難の連続だったはずなのに、表情が底抜けに明るいだけでなく、前向きだ。
 グラニーズたちはサッカーをすることで仲間を見出し、さまざまな苦難を乗り越えて生き延びた自分を肯定し、生き延びたことを感謝している。それがグラニーズたちを輝かせている。
 訳しながら、何回となくこみあげてくるものがあった。校正しながらも、涙が出てくる箇所があった。
 著者が本書の最後を締めた言葉を、私は噛み締めている。
「人生をどう思うかって? もちろん、生きることは最高だ!」

 

「女子サッカー140年史 闘いはピッチとその外にもあり」
スザンヌ・ラック著 実川元子訳
白水社
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 今日、見本が届きました。書店にももうすぐ並ぶはず。
 タイトル通り、女性たちが挑んだサッカー競技の140年にわたる通史と、現在世界で女子サッカーがどう発展しているかを英国ガーディアン紙で女子サッカーを担当する記者が書いた本です。
 1881年にスコットランドで初めての女子サッカーの試合(イングランドVSスコットランド)が行なわれてから140年たったいまも、「女だてらにサッカーなんて……」「女子サッカーはスピードがなくてへたくそでつまらない」「 サッカーは男のものでしょ」というバッシングをネットやメディアで見かけます。一応、建前だけにしろ男女平等をめざすことが公に叫ばれるようになった今でも、女子サッカーに向けられる視線は全面的にポジティブとはいえない。
 それなら140年前はどうだったか? イングランドで最初にボールを蹴り始めた女性たちは、「男性のもの」とされるサッカーを自分たちもできると示すことで、参政権を勝ち取ろうとしました。最初は女性参政権運動(サフラジェッツ)と並行していたサッカーですが、権利獲得に関心がない女性たちも楽しみでボールを蹴るようになり、またたくうちに人気スポーツになっていきました。
 イングランドで女子サッカー競技が盛んになったのは、第一次世界大戦中に男性たちが戦争に駆り出され、女性たちが労働者として働くようになったことがきっかけでした。工場で働く女性たちは昼休みのレクリエーションにサッカーを楽しみ、そのうちに工場同士で対抗戦をするようになり、やがて試合は戦争による死傷者や家族を救済するための慈善興行へと発展します。
 戦後も女子サッカー人気は衰えず、1921年には5万3000人の観客を集めるまでになるのですが、これに危機感を覚えたのが イングランド・サッカー協会(FA)です。自分たちの管轄外で興行する女子チームが、男子リーグの観客を奪ってしまうのではないかと恐れ、その年に「女子の試合にグラウンドを貸すことは許さない」と禁止令を発令。それからなんと半世紀にわたって、イングランドのみならず世界各国で女子サッカー競技はFIFA傘下の各国協会から、またときには法律で禁止されてしまいます。
 暗黒の半世紀がすぎたころ、アメリカから起こった第二波フェミニズム運動に刺激を受けた女性たちは、またボールを蹴るようになり、たちまち人気を集めたことで、FAをはじめ各国のサッカー協会もようやく禁止令を解除しました。やっと1970年代になってからですが。
 その後も紆余曲折がありながら、1991年にはFIFA主催で実質的女子ワールドカップが中国で開催され(ワールドカップの名称は使わせなかったが)、1995年から参加チームも増えて45分ハーフ前後半990分と男子と同じルールで試合が行われるようになりました。
 現在アメリカやイングランドでは女子のプロリーグで試合が行なわれており、日本も2021年からWEリーグというプロリーグが発足しています。ただ世界のどこでも観客動員数は少なく、財政難にあえいでいるチームも少なくないのが現状で、それをどう乗り越えてより発展させていけばいいか、と著者はさまざまな提言をしています。
 女性参政権獲得運動、男女同一賃金を求める闘い、教育の機会均等、職場や家庭における性差別の禁止、性暴力への抗議……といった女性の人権を守る闘いと女子サッカーの発展は重なっている、と著者は繰り返し訴えます。女性たちがサッカーを楽しむ権利は、女性が自分の身体と精神を守る権利の延長線上にあるのです。
 来年7月下旬から8月上旬にかけて、オーストラリアとニュージーランドでFIFA女子ワールドカップが開催されます。ピッチに立つ選手や審判たちだけでなく、すべての女性たちを応援する大会になってほしいという気持ちが湧き起こってくる本だと思います。

 最後に。日本女子サッカーのレジェンド、澤穂希さんが推薦文を寄せてくださいました。心から感謝です。

6月18日(土)大阪の本屋さん、隆祥館で開催された「フェミニズムってなんですか?」(清水晶子著 文藝春秋)発刊記念トークイベントにお越しいただいた方、リモートで視聴いただいた方、ありがとうございました。
イベント会場はほぼ満席、リモートも30名ほどの方が参加いただき、2時間のトークは終始なごやかながら、熱気漂うものになりました。
なごやかだった理由は清水さんのお話が歯切れよく、わかりやすかったことが大きいのですが、もうひとつ、用意した動画で一気に会場が和んだからでもあります。
英国がコロナで厳しいロックダウンを敷いていた2020年に、BBCが国際政治学者に北朝鮮問題についてインタビューしたニュースの最中に、子どもが乱入した放送事故の動画です。



内容はとてもまじめでかたいものだったにもかかわらず、あのおかたいBBCニュースの真っ最中に子どもが乱入。学者さんがすみません、と謝ったものの、視聴者はとても好意的に、共感をもって受け止めたとか。 
その後にたくさんのパロディ動画が作られたり、学者さん一家が「子どもがいる家庭で仕事をすること」についてテレビでインタビューされたり(もちろん子どもも一緒に)、かなり長期にわたって「子育てと仕事の両立」みたいなところから、女性たち(だけでないけれどおもに女性)のケア労働が可視化された、というものまでメディアが取り上げた、とのことです。
そのひとつとして、BBCのニュースをそのままなぞった動画が話題を呼んだとか。それもイベントで紹介しました。


これについて清水さんは、元のBBCニュースの子ども乱入事件が好意的に受け止められたのは、「国際政治学者のような社会的ステータスのある人の家でも、お父さんの大事な仕事場面に子どもが入ってきてしまうようなことがあるんだ」という共感が大きかったとおっしゃり、パロディのほうでは「同じ政治学者でも女性だったら、家事育児から家のセキュリティまで全部やってのけて、それを外部にはまったく見せないで涼しい顔でやっている(やらなくてはならない)」ことを皮肉っているのだと言われました。

なぜこのエピソードをイベントで紹介したかと言うと、リモートワークになって会議のときに子どもの声が入ってしまったことで上司に叱責を受けた、これはフェミニズムとしてどう考えたらいいのか、という質問があったからです。
振り返ると、私にも似たような経験がありました。1990年代の終わり、フリーランスになって数年経った頃のことです。
電話インタビューをセッティングしたその日に子どもが発熱して保育園を休まざるを得なくなり、日程を変えようにもすでに当日で動かせず。途中でぐずる子どもの背中をとんとんしながらインタビューしたのだけれど、もう何を聞いているのか、どんな相槌を打っているのかさえもわからない状態で30分。相手の方は相当不快な思いをされたと思います。案の定、編集者を通して苦情がきました。 
以後は、電話インタビューだろうが対面インタビューだろうが、アポイントメントを入れてからは、その日何があっても「単身」で出られるように、ベビーシッターをお願いするようにしました。でも、コロナ感染症のようなことがあったら、そんな配慮もできませんね。
当時も「なぜ女性にだけそんなにたくさんのたいへんなことを要求するのだろうか」と疑問に思いました。そして今、フェミニズムのことを勉強しながら思うのは、なぜもっと子どもと女性に寛容な社会ではないのだろう、ということです。
私なんかほんと恵まれていて、自分も子どもも健康で、配偶者がいて、いざとなれば親に助けを求めることもできた。でもそういう条件に恵まれないと、女性がひとりの社会人として生きていくのがむずかしく、子どもが安心して育てられない社会ってやはりおかしい。

参院選が公示されました。
私がひたすら願うのは、政治にたずさわる人が、まず次世代が安心して育っていける社会を考えている人、社会的弱者に寛容な社会をめざしている人であることです。政治の役割はまずはそこではないでしょうか。
 

6月18日に発売となる新刊の見本があがってきました。
「ザ・クイーン エリザベス女王とイギリスが歩んだ100年」
マシュー・デニソン著 実川元子訳

 昨年のちょうど今頃、「エリザベス女王の伝記の翻訳をお願いしたい」と出版社から連絡があり、原書の原稿が送られてきました。実は私、英国王室に、というか、王室とか君主制とかに興味があまりわかず、しかも原稿をA4で印刷したら目がちかちかしそうなくらい細かい字でびっしり。その上570ページの大部と聞いて気持ちが3歩くらい後ろ向きになりました。
でも、まずは読んでからと、1週間以上かかって読みました。ところが。全部で18章あるのですが、エリザベス王女が結婚する8章、父王が突然亡くなって女王になる9章あたりからがぜんおもしろくなって読みふけり、10日後に「やらせていただきます」とメールしました。
エリザベス女王即位70周年プラチナ・ジュビリーに間に合わすためになんとか3月に脱稿。この1年、英国王室関連資料にどっぷりとつかり、かつ欧州の歴史も読み直し、Netflix「ザ・クラウン」を見直すだけでなく、そのほかのドキュメンタリーや映画を見ては訳を手直したり、文体を少し変えたりとちょっと苦労しながらも楽しい日々でした。
 エリザベス女王の伝記はいっぱい出ているのですが、私がこの本をおすすめしたいと思うのは、エリザベスさんのひとりの人間としての人生がとてもドラマチックに描かれている点です。そしてエリザベスさんが生きてこられたこの1世紀の世界の激動の歴史が、ひとりの女性の視線を通して、まるでその場に一緒に立ち会っているかのような臨場感が感じられことです。エリザベス女王は憲法で定められた立場上、政治に何か口出ししたりすることができない立場であるにもかかわらず、イギリスだけでなく世界の激動の歴史の真ん中で生きてこられました。政治家ではなく、一般庶民でもない特殊な立場にいる人の目を通して、世界の一世紀というドキュメンタリーを見ているような心持ちになるのです。
 ドラマといえば、まずエリザベス王女が女王の地位につくまでの顛末がドラマです。
 エリザベス女王の父ヨーク公は国王ジョージ5世の次男。その子どもでしかも女の子だったので、誕生の時点で王冠からは遠いところにいらっしゃいました。女王になるべくして生まれたわけでは決してない。でも国王になるはずだった長男のデイヴィッドさんが退位してしまったために、お父さんが泣く泣く(本当にお母さんのメアリー皇太后の肩にもたれて「いやだ、王になどなりたくない」と大泣きしたらしい)国王となり、そのあとは自分だと10歳にして覚悟を決めるのです。
 子ども部屋で妹に「つまりあなたは次の女王にならなくちゃいけないの?」と聞かれたエリザベスは「そう、いつかね」と答え、妹に「かわいそう」と同情されます。このくだりに私は胸が締め付けられます。
 1章から3章まで、エリザベスさんは王室という特殊な環境で育つ王女さまではあるけれど、天真爛漫で、おてんばで、元気いっぱい笑顔いっぱいの少女なのです。それが4章から少女は王位継承者へと変身します。周囲の環境だけでなく、彼女自身が劇的に変わる。
 つい考えてしまうのです。もし伯父さんが退位せず、エリザベスさんがずっと王女のままだったらどんな人生を送られたのだろうか、と。
 また立憲君主制は決して安泰な制度ではない、ということも本書からひしひしと伝わってきます。エリザベス女王が先祖から受け継いだ王室を維持存続させるためにどれほど苦労なさってきたか。王室は何回となく危機に陥り、世論調査で国民から「もう王室は必要ない」とダメ出しをくらうことが何度もありながら、エリザベス女王は信念で支え続けるのです。
 96歳になられ、即位70周年プラチナ・ジュビリーを迎えて、バッキンガム宮殿のバルコニーにエリザベス女王は立たれました。遠い国の、王室とは縁もゆかりもない、しかも君主制支持者でもない私ですが、その姿を見ながら私は思わずゴッド・セーヴ・ザ・クイーンと称えました。
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