肩書きは「翻訳家/ライター」

「肩書きを教えてください」
 そう言われるたびに、困惑します。翻訳家とライターと使い分けているのですが、そんなエラソーな肩書きを自分が名乗っていいのだろうか、とフリーになって10年たったいまでも思います。
 とはいうものの、エラソーだと思っているのは本人だけで、翻訳家とライターという肩書きは、世間的にはまったく認知されていません。数年前に住宅ローンを組むとき、銀行から慇懃無礼に「で、いったいどんな仕事なんですか?」と何回となく訊かれました。しかたなく著書や訳書や、連載している新聞・雑誌を並べましたが、銀行員の目は最後まで疑しげでした。
 税務署に呼び出しを受けたときも、「ブンピツギョウです」というと、若い税務署員が大まじめに「分泌業」と書いたくらいです。「ちょっと待ってくださいよ。私が何を分泌してるって言いたいんですかっ!」。税務署員は赤くなって、私の言うとおり「文章の文、ふでの筆」と言いつつ書き直しましたが、できれば「フェロモンを分泌してるでしょう」くらいは突っ込んでもらいたかった。
 それはさておき、世間はホントは、なんてウサンクサイ職業なのだろうと思っているのかもしれません。それがわかるので、よけいに肩書きを名乗る声が小さくなるのかも。

 いいわけを並べましたが、あらためて肩書きは「翻訳家/ライター」です。

この仕事を始めたきっかけ

 学校を卒業してから、14年間OLをしていました。外資系会社の広報部で、PR誌の編集や記事を書く仕事です。イギリスに本部があり、そこから送られてくる英文記事を訳してプレスリリースにしたり、業界を取材して記事にしていました。そこで、なんの根拠もなく「英語が得意だ」と周囲からは思われてしまったのです。英語圏に住んだことは一度もなく、特別 に英語を使う環境にいたわけでもありません。会社で、英語を日本語に、またはその反対の作業を毎日やらされているうちに、どんどん「英語がデキル人」という誤解が積み重なっていき、気がつくと本人もその気になっていました。虚像の一人歩きはマズイかな、と小説の原書を読んだり、雑誌や新聞を訳してみたりとこっそりと勉強をしていましたが。

 そのうちにときどきアルバイトで英文記事の翻訳を雑誌社から頼まれたり、記事をまとめる仕事もするようになり、発作的に会社を辞めたときに、レギュラーの仕事を数本持っていました。いまさらほかの仕事といっても、36歳ではツブシもきかず、たぶんそのときやっている仕事が一番向いているのだろうと、翻訳とライターに本腰を入れると決めたわけです。

今後の抱負

 誰に頼まれたわけでもなく、多大な労力と時間とお金をつぎこんでこういうホームページを作ったりしているのもわかるとおり、私はモノを書くことが好きです。

 ただ、仕事となるとまた別で、お金をもらって書くのは、楽しみ半分、苦しみ半分です。頭脳労働だと思われるようですが、7割くらいは肉体労働で、体力がモノをいいます。それにこんなことを言ってはいけないけれど、原稿料も印税もたいへんに安いし、仕事は不安定です。夜中にせっせとキーボードをたたきながら、ふと「10年後はどうなっているんだろう?」と背筋が寒くなることがあります。考えてもしようがないけれど。

 それでも一ヶ月に一回くらい、この仕事をやっていてホントによかったと思える瞬間があります。われながら「うまい!」とうなりたくなるほどの訳語が見つかったとき。取材先で思わずはっと目を見開かされるようなひと言を聞いたとき。眠るのを忘れてしまう本に出会ったとき。道を歩いていて頭の中にピカリとアイデアがひらめき、走って帰ってパソコンを立ち上げるのももどかしく打ち込むとき。そういうときには、10年後も20年後も、この仕事をしていたいなあと思います。幸いにして、自分で自分をリストラしないかぎり、仕事は続けていけます。収入が途絶えて廃業の憂き目を見る心配は大いにありますが。
 仕事をする上で最低限のことでしょうが、できるかぎり納期を守り、クォリティの高いものを納品することをだいじにして、できるだけ長く翻訳とライターの仕事を続けていきたいと思っています。
 これまでどんな仕事をしてきたのか、著書と訳書の紹介は「これまでのお仕事(書籍紹介」に書いてあります。あわせてどうぞごらんになってください。