もちろん毎日だとまずいのでしょうが、私は「孤食」が好きです。
一人で食べるごはんはおいしい。
自分のことだけを考えて、自分のためにだけつくって、自分の好きなスタイルで食べるのは、実に楽しい。
家族が誰も夕飯がいらないとわかったときは、はりきって6時くらいからごはんを作り始めます。
夜は炭水化物をとらないことにしているので、おかずを彩りよく。
ちょっとだけぜいたくな食材(牛肉ならフィレ、魚なら平目が私のなかではぜいたく)を少しだけ買ってきて、メインには実験的で大胆な料理をやってみます。
平目の刺身用さくを大ぶりに切って酒と塩で下味をつけてカタクリを軽くまぶし、黄ニラときゅうりを中華風に炒めたところにさっと火を通す程度に炒めたものとか。
フィレ肉をあぶってブロッコリなどの温野菜とヴィネガーであえたサラダとか。
このわたとか、ふぐの白子とか、なまことか、山羊系のチーズとか、ほかの家族がけっして口にしない珍味もこの機会に出す。
内緒で上等のワインを開けて、我が家で一番上等のグラスに入れて、うっほっほっとか言いながら食べる。
おいしい。
しあわせ。
というわけで、孤食が何よりもぜいたく、という家のひとりごはんなのでした。
毎日やってたら病気になりそうだけれどね。
石垣島の人口が増えている、という話を聞きました。
若い夫婦が南の島で子育て、というケースもあるそうですが、引退後にあたたかい場所で暮らしたいという、いわゆる「シルバー移住計画」に乗っかってやってきた人も多いそうです。
あとほんの少しで我が家も「定年」「引退」の二文字が見えてきます。でも、私には田舎暮らしはぜったいにできそうにありません。無理。というか、「田舎で暮らしたい」という発想そのものが、ない。虫が嫌いな夫も、一言のもとに「無理」といいます。虫だけじゃなく、田舎の濃密な人間関係も2人とも苦手です。だから、シルバー移住計画は計画にもならないで終わりです。
でも......私は生まれ故郷の芦屋には戻ってもいいと思っています。もちろんかすかに、ですけれどね。それも両親がいるから、ということもおおいに関係していると思います。親がいなくなったとき、はたして40年以上離れていた地に帰ってやっていけるかといわれれば、やっぱりさびしいかなあ。友だちも仕事も全部東京にあるわけで、本拠地はやっぱりここで、ここで老いていくのが心身ともに一番いいことかも。
といいつつ、私は芦屋のほどほど都会でほどほど地方なところが気に入っています。親にそういったら「何いってるの。芦屋は田舎やないわよ。都会です。東京よりずっと都会」といいきられました。私は田舎なんていってないんですけれどね。
私が住みたい地(友だちや仕事抜きで)の条件は、1)おいしいパン屋さんがある、2)気軽に外食できる店がある、3)交通の便がいい、4)図書館や美術館など文化施設が充実している、5)ごみごみしていない、ということなのですが、芦屋はまさにその条件が全部そろっています。
震災で大きく変わりましたが、それでも私が育ったころ(1950年代末~1970年代はじめ)の芦屋の空気はあまり変わっていないような気がします。めまぐるしく変わる東京と違って、そこが地方としての芦屋のいいところなのかも。
とぐだぐだ故郷のことを書いているのは、家の事情でいまひんぱんに往復しているから。明日からまたしばらく行ってきます!
石垣島最終日にやっと晴れました。海の色がトパーズ色に輝いています。暑くもなく寒くもなく、湿度もほどほどで気持ちがよいのですが、気温天候ともに石垣の春先らしさが感じられるのは、なんと1ヵ月半ぶりだそうです。一昨年からここでキャンプをはるようになった千葉ロッテは、結局4日間しか外のグラウンドでの練習ができなかったとか。それくらい雨の多い、寒い冬だったのです。地元の人が二言目にいうのが内地から移住してくる人の増加。石垣島の人口は4万人強ですが、住民登録をしていない居住者がもう1万人いると言われていて、島は不動産の値上がりが著しい。マンションの建設も相次いでいます。ちなみに島なので輸送費が上積みされるため、ガソリンも生活物資も1ー2割高い。でも娯楽も少ないのであまりお金を使うこともなく暮らしていけるそうです。気になるのは、移住してきた人たちがどんな暮らしをしているかということ。生活を大きく変えてただけでなく、島独特の人間関係やしきたりを受け入れるのはたいへんなはず。満足しているのでしょうか?




