観る極楽

映画はぴんときた作品だけ見ます。傑作でも大作でもなく、佳品と思える作品だけ。だからか、いつも人がまばらな映画館で、作品の世界にすっぽり包まれて過ごします。

「相棒」

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 「はぐれ刑事」シリーズをはじめとする刑事ものドラマが結構好きです。

頭をからっぽにして見るのにちょうどいい。予定調和の穏やかな筋書きがリラックスできるのかも。ときどきありえないプロットに突っ込みをいれたくなるところがちょっと困りますが。

最近では、現在映画が大ヒット中の「相棒」の再放送をお昼ごはんを食べながら見てました。

「相棒」のファンは多いんですね。意外な人が「あれは欠かさず見ています」と言い出してびっくりします。

下の娘が「ママ、映画を見に行こうよ」とさかんに誘います。うーん、映画館にわざわざ行くほどの熱心なファンではないなあ、私は。お昼ごはんを食べながら、ぼーっと見るのにいいんであって、じっくり見るとツッコミだらけで困っちゃうではないですか。

......話変わって。

いろいろ忙しくて、ちょっと油切れしました。

木曜日に大阪から帰ってくる飛行機のなかで「うーちょっとヤバイかも」と思ったのだけれど、夕ごはんをつくるといってしまった以上、いまさらキャンセルはダメよね、と買物して帰ったところでFUELの針がゼロ以下にふれてしまいました。

と、ここまで長いいいわけは、メールのお返事ができていないことに対して、です。

来週もめいっぱいのスケジュールなんで、急ぎ以外は再来週にお返事します。

いや、まったくの私信でどうもすみません。

あああ、早く「相棒」でも「はぐれ刑事」でもいいから、お昼ごはんを食べながら見てぼんやりする日々に戻りたいです。

ディズニー映画にも、テレビアニメにもなった『ポリアンナ』(テレビアニメは『愛少女ポリアンナ物語』)(私は小学生のころ映画館で観たディズニー映画にはまっていました)

冷たいおばさんのところに引き取られたみなしご(→死語?)という不遇な境遇(でもおばさんめちゃめちゃ金持ち)なんだけれど、辛いことがあったときでも、すべてをいいように考えようとがんばるいい子。ポリアンナは「いい子」の代名詞です。いい意味でもビミョーな意味でも。

で、最近の私はちょっとポリアンナごっこしています。

あまり人を嫌いになったり、苦手だったりすることがない、と自分では思っているのですが、実際のところは嫌いな人、苦手な人はやはりいるのです。そういう人にどうしてもかかわらなくてはいけないときには「この人にもいいところがぜったいにあるはずで、ただ私とは合わないだけなんだ」と思いこもうとするわけです。ほら、いい子でしょ?

でも、たぶん私が嫌いな人は、相手も私が嫌いです。私が苦手な人は、相手も私が苦手です。そういうもんです。だから別にポリアンナごっこする必要もなく、お互い近寄らなければいいだけの話なんだけれどね。

それでも、それをストレスにしないためには、やっぱりポリアンナごっこ。

で、最近、私が苦手な人というのは、やたらに「空気を読め」と周囲に強要する人だということがわかりました。

「あの人、ほんとに空気読まないよね」「ね、ね、ね」と周囲に同意を求める人が苦手です。意見の同調や、場の無理やりの調和を強要するのって、それまた一種の暴力に思えるのですが。

そこでポリアンナごっこして「空気を読め」とか「あの人はKYだ」というようなことを人に言わない人になろう...とかね。いやらしいなあ、私。ほんと、ポリアンナだわ。

小学校高学年から大学2年生くらいまで、私は友達が気になってしかたなかった。

自分に友達がいるか?

その友達は信じられるか?

私を仲間に入れてくれるか?

私は友達と思う人たちに本当に好かれているか?

中高生の特に女子が、友達からケータイの返信がないと不安でたまらなくなる、というニュースを読んで、その気持ちがすごくわかる、と思った。

だからいまの子どもたちは友達づくりがヘタだ、とかとても私にはいえない。

だって私も友達(と思う人と)手紙のやりとりをしていて、返事がないとすごく不安だった。上に書いたような不安で胸がきりきりした。落ち込んだ。若さとはそういうものだ。人生経験が短く浅いから、人間関係の築き方も未熟で、築いたと思ったものも浅くもろく崩れやすい。

でも、20歳を過ぎたころ、ツキモノが落ちたみたいに気にならなくなった。20歳を過ぎると、人間関係の輪はずっと広くなり、学校を中心とした狭い人間関係であまり頭を悩ますことがなくなる。友達とは、毎日のように声を聞かなくても友達でいられるし、手紙にすぐに返事を書かなくても「もう友達ではない」とか絶交状を突き付けられることもないのだとわかった。っていうか、絶交状ってなつかしい。いまでもあるのだろうか?

おばさんになった今では、ケータイメールの返信がなくても、ほとんど忘れている。PCメールもときどき返信を忘れて失礼をしまう。ごめんなさい、とここで謝っておきます。

ケータイメールに返信しないと切れてしまう友達は、別に切れていい関係だと思う...というのは、一人飯がウマイというオバサンの感覚だ。

大人というか、おばさんは思うだろう。

そんなくだらないことに時間と労力を使うのではなく、もっと建設的なことに目を向けなさい。

返信がないくらいで崩れるような友達関係は、本当の友達ではない。

私も娘たちに100万回言った。

でもそれは、若者よりはるかに人生経験を積み、人間関係とはケータイメールや空気を読むこと以外で築くものだとわかってしまった大人の意見だ。

 

『さくらん』

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きのうテレビで放映されていたので、蜷川実花監督、土屋アンナ主演の『さくらん』を見た。

おいらんはあんなbehaviorはしないよ、とドシロートの私でも思うけれど、それは棚に上げておいて、どうしてもガマンできなかったのが、発声のひどさ。

役者さんならやっぱり発声法をちゃんと練習すべきだと思う。土屋アンナはまあしかたないとして(いや、しかたなくないが)、木村佳乃と管野美穂と安藤政信はなんとかしてほしい。何を言っているかわかんなくて、耳が悪くなったのかと不安になったんだけれど、一緒に見ていた娘が「語尾が聞き取れない」といっていたので、ほっとした。

たぶん色使いの美しさで見せようとした映画なのだと思うんだけれど、画面がベターっと奥行きがなくなるカメラワークも気になった。どぎつい色の氾濫を、一点、品のあるものにするには、ちょっとなぁ。

ほかにも、FAKEのおもしろさの狙い方があざとすぎるとか、セリフのあまりの陳腐さに泣けてくるとか、いろいろツッコミどころが満載でありましたが、こないだ見た『マイ・ブルーベリー・ナイツ』の、ひさびさに「時間返せ! カネ返せ!」と叫びたくなるほどの陳腐さに比べれば、まだマシだったかな。

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 人生でたいせつなものは本とサッカーと料理とファッションに教えてもらった、などと言ってみたいモノカキの日常

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 職業はモノカキ/翻訳業。書いていきたいテーマは「女」「子ども」「衣食住」。得意技はなんでも一晩寝ると忘れること。
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