映画はぴんときた作品だけ見ます。傑作でも大作でもなく、佳品と思える作品だけ。だからか、いつも人がまばらな映画館で、作品の世界にすっぽり包まれて過ごします。
小選挙区・比例代表というのは、ほんと雪崩打って大勢を決してしまうのだな、と前回に引き続きあらためて思った総選挙でした。
選挙や政治について何か感想を述べるほどの知識も肝っ玉もないのですが、ひとつだけ。
政権は交代し、閉塞感を打ち破って「何かが変わる」という期待感は高まっているのだと思います。
でも、今回ばかりは政治にかかわる人たちだけでなく、「変わる」期待をした人たちがみんなで「変えたい」と意思表示して動かないかぎり、変わらない。
変わることと、変えることの間には、よほどの決意がなければ飛び越えられないくらいの断崖がありそうです。
さてさて、私自身はいったい何を「変えたい」と思っているのか。
劇場でも見たのに、昨晩、WOWOWでやっていたのでまた見てしまった。
あーあー、やっぱり山形戦に行きたかったなあ。(あ、そこ?)いや、山形の山々が背景なもので。
死を悼む儀式は、同じ日本でもずいぶんとちがうんですね。私が育った関西では、こういう儀式は見られない。あれ? 私が知らないだけ? 祖父母や親せきの葬儀で、一度たりと納棺のこういう儀式に立ち会ったことがないのですが、一般的なのでしょうか? しかし、死に対する考え方も各地でちがうのだから、儀式がちがって当然かもしれない。
お風呂屋のおかみさんのような死を迎えたい、とあらためて思いました。そうはいかないだろうけれど。
映画を見終わったあと、また「冠婚葬祭のひみつ」(斎藤美奈子著 岩波新書)を読みました。
うん、「おくりびと」のあとにこの本を読むと、日本の死についてあらためて考えなおします。
森敦の「月山 鳥海山」(新潮文庫)を読んで暗くなるのもいいかも(よくないか)
しつこく言うが、この映画の唯一の穴は、広末涼子です。あー、またもや3回くらいいらついた。



