あ~まだ終わらない。(翻訳の見直しが、です)
1日の仕事時間はみっちり8時間が限度だと知りました。でもいまは10時間くらい画面見てる。
一昨日は右手の人指し指がマウスのクリックのせいで痛くなり、きのうは目と背中がが痛くなり、今日は腰が痛い。
締切に間に合いません、とメールをしたいところなのだけれど、そういうメールを送って緊張を途切れさせたらたぶんずるずる行ってしまうので、何がなんでも終わるまでがんばるのだ! いや、がんばらないでどうする、元子さん、と自分を励ます。
でも、目が、背中が、腕が、指が、腰が............よろよろ。
とほほ、こんなはずじゃなかったんだけれどなあ、つい先日までは楽勝だと思っていたのに。甘かったわ。
という愚痴をこぼしたところで、仕事に戻ります。
「新唐詩選」
吉川幸次郎
三好達治
岩波新書
またえらく古い本を、と思われるだろう。初版は1952年である。私が生まれるより前だw
読むのはたぶん3回目。3回目でも、新たな発見、新たな感動がある。今週末また読み返して、また新たな感動があった。まぎれもなく名著です。新書は当時は教養指南書だったわけなのだけれど、超一流の学者の文学者が、けっして大所高所からではなく、平易なのにみずみずしい言葉で自らの感動を伝えてくれる。すばらしい。
半世紀以上昔に書かれた本なのだから、何かしら古臭さを感じさせてもおかしくないのに、どのページを開いても言葉が古くない。私が初めてこの本を読んだのは、たしか高校生のころだと思うのだが、そのときでさえも古さは感じなかった。(でも今の高校生が読んだらどうなのだろう?)
三好達治さんは、「優れた古典がなるべく多くの機会になるべく多くの人に読まれることが、次の時代を迎えるために必須の条件になるだろう。(中略)唐詩のような望みうる限り十全な文学作品は、いつの時代にもふりかえられ、いつの世にも愛読されていい」と書いている。何も唐詩でなくてもいいのかもしれないけれど、長い時代を経てもなお新鮮だ、という魅力が古典作品にはあるわけで、それを紹介する本書もまた、十分に愛読されていい作品だと思う。
でもって、なぜ私が最近(今年になってから)漢詩を読んでいるかというと、はい、習字にはまっているからです。
図々しくも、今度大作に挑むことにしました(先生に「え? 本気で?」とあきれられた)。
課題は空海「風信帖」。唐詩とはなんも関係ないんですけれどね。
今日は中学校で「本」の話をしてきました。
2年生は全員、新型インフルエンザで休校だったそうで、出席は1年生と3年生。
みんなお行儀がよくて、かわいかったです!
中学生......自分の中学時代はもちろん、娘たちの中学時代もうまく思い出せません。毎日、ものすごくささいなことで悩んだり、喜んだりしていたような気がします。今日の生徒さんたちは落ち着いている、ように見えました。
みなさん「すくすく、いきいき」という印象を受けました。内情はよくわからないけれど、ちゃんと1時間話を聞いてくれて、質問までしてくれて、ほんとありがたかったです。
今年はいろいろなところで話をさせてもらっています。講演会っていうほど大げさなものではないけれど、30名くらいから300名くらいまでいろいろな規模、年齢、職業の方の前で月一回くらいのペースで話をしています。パワーポイントでの資料づくりもだんだん慣れてきました。大学の講義がずいぶん役立っているな。
さて、今週は予定通り一冊訳了。これから見直しにかかるのだけれど、これがたいへんそう。著者の見解に納得できないところも多々あるのですが、それはぐっとおさえなくてはなりません。
最近、やや不眠症気味。とくに「明日は朝から仕事で絶対に寝坊できない」と思うと、寝付けないうえに眠りが浅くなります。昨晩もどうしても寝つけず、結局夜が明け始めるころにやっとうとうとしました。
私ってこんなに繊細な人じゃなかったはずなんだけれど。。。。
今日は早寝をすることにします。
「脳に悪い7つの習慣」林成之著 幻冬舎新書
書評で取り上げたので、趣旨などの紹介は省きます。
「脳に悪い」(脳のせっかくの機能を十分に発揮させてやらない、という意味で「悪い」)習慣として、「言われたことをコツコツやる」というのがあげられていました。
これ、私が大得意なことなんですけれど(汗)
でもって、これがなんで悪いかというと、「自己報酬神経群」((ごほうびが得られそうだ、ということを期待してモチベーションをあげ、思考力や記憶力を働かす)をまちがった風に働かせてしまうからなんだそうです。
言われたことを一生懸命やる→評価が他人任せ→ほかからほめられたらそれで満足、で終わってしまうから。
また「がんばっている自分」に満足して、成果があがっていないにもかかわらず「がんばっているからいいや」と終わらせてしまう。
また、がんばったから「これでいいかな」というところで満足して、達成されていないうちにやめてしまいがちになる、というのも問題なんだそう。
あと、コツコツがんばる自分が大好きな人は、「目的」と「目標」をとりちがえている、という指摘もあって、それもまったく私のことなんで、ドキッとしました。
「がんばって締切に間に合わせます」という「目的」をいくらかかげても、脳は「がんばるって?」とおろおろするばかり。その目的にいたるまでの手段を考え、計画を立てて、いくつもの「目標」を達成していく習慣を脳につけさせなくてはならない、ということです。
達成すべき目標を明確にして、それを達成したときに「自己報酬神経群」を満足させていく習慣。これ、今日から使えそうですが、今日はもうねむいので明日にしよう、とダメな私が言っています。
とりあえず、今日からできることは、姿勢をよくする(空間認知脳に関係する)ことかな。
空間認知脳を鍛えると、ボケないんだそうです。これはこの本には書かれていないけれど、いま取材している老化の研究をしている方みなさんがおっしゃっています。でもって、余談ですが、空間認知脳のためにいいのが、①料理、②旅行(自分で計画を立てて出かける)なんですって。よかった、両方とも大好きなことで。
誰に聞いても、人間死ぬまで元気でいるために大事なのは、栄養、運動、休息。なので、もう寝ます。
気がつくともう明日は金曜日。そして今日から10月。すでに2009年も残すところ3か月です。
でもって、この10月大型締切月間を乗り切れば、私はちょっと息がつけます。飲み会も遊びもぜーんぶあきらめて、ひたすら勝負です。
何に勝って、何に負けるのか、自分でもはっきりわかっていませんが、とにかく丹田に力を入れて乗り切ります!
いま翻訳している本のために、恥ずかしながら初めてマックス・ウェーバーの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」を通して読みました。拾い読みはしていたけれど、通して読むのは初めて。あれ? 結構おもしろいじゃないの。大塚久雄さんの訳がいい。やっぱ訳文だよね~。禁欲が好きな私(苦笑)には、共感するところが結構あったりして。
もう一冊、マルクスさんの「資本論」も広げてみました。いや~マルクスさん、わかりません。マルクスさんについて書かれた本(でちょっとわかった気になって、な~んだマルクスさんったら、そんなにややこしい言い方しなくていいじゃないのよぉ、ともう一度「資本論」を開いても、またもや呆然としている私がいます。そう言えば、大学時代に必死に講義を聞いたはずなんだけれどなあ。でもって、一回読んでいたはずなのになぁ。っていったい何年前だよ。あ、いけない、何十年も前でした。情けない。
こういった昔の名著(?)を(ある意味しかたなく)広げると、もっと若いときに「歳をとってヒマができたら、ちゃんとこういう本を読もう」と決意していたことを思い出します。
でも、歳をとったいまはっきりわかりました。
「体力なくて読めません、ごめんなさい」
そう、むずかしい本は体力がなくては読めないんですよ。頭の筋肉も鍛えなくては弱るのだ。
若い体力のあるときに読んでおきましょうね>若いみなさん。
でも、若いときは時間ないしね。そんなこと言われても、自分に関係がない本は読めませんよね。
あ~、あとドゥルーズ+ガタリ(「アンチ・オイディプス 資本主義と分裂症」→これまたさっぱりわからないんですけれど)を読まなくちゃいけない。
むずかしい本との対決。
だからやっぱり勝負の月なんだわ。



